2010年4月30日金曜日

イスラエルの起業家精神

授業も残すところ明日がラスト!と、時の流れのはやさには本当にびっくりさせられる。

今日は最後のDigital Marketの授業を終えたあと、2時間ほど各自これからどうするのかや、授業のトピックにあがらないテーマについてランダムに談話+情報交換。




Carmel Veuturesというイスラエルのベンチャーキャピタル(VC)で働いてたクラスメイトからの話を少々。彼が指摘するのは、


  ・アメリカのスターカルチャーの存在が、革新的なベンチャー企業の創出・育成成功の大きなカギ


になっているということだ。というのも、イスラエルでは、いくらよいビジネスプランやアイディアを持っていたとしても、社会は経営者の資格として必要以上に年齢を重要視するために、十分な資金を獲得できないことが多いそう。もしくは、それに関連した理由で年配の経営者をもってくることもあるよう。さらには、VC自体もマネジメントの新陳代謝が低いため、20年前からいる人が今まだポジションにいることがあり、そのため、例えば40代の起業家が目の前にいたとき、そのVCのマネジメントは”相対的”に若いと捉える。対照的に、アメリカでは、社会的な評価が年齢と強く結びついていないため、むしろ若ければ若いほどインパクトが大きく社会がこぞって応援する、というようにスター・カルチャーが良い方向に働いているのである。


これは尤もだと思う。一つ注意したいのは、決して40代の起業家が革新的な企業を生み出せない、という話ではなく、

  ・若くて20代30代の人の最も生産性の高い時期を経営者として捧げようとしてるヒューマンキャピタルに、社会がリスクを取らないのは、大きな機会損失である

ということ。


日本でも、若く勢いのある起業家はアメリカにくらべてしまうと、まだまだ少ない。facebookのMark Zuckerbergは、若干25歳。また、日本のVC業界は、大手銀行銀行系列が多いために、シードマネーと呼ばれるアーリー・ステージのベンチャーを支えるリスクマネーの不在が指摘されている。幸い、イスラエルでは、政府の支援策が長く続いていることもあり、シード・マネーは不足してないそうだ。




ーーー
Carmel Ventures
http://www.carmelventures.com/index.asp

2010年4月28日水曜日

夢と自由

「夢をみることは自由だ」っていうけれど、「夢をかなえることも自由だ」と、思う。


そして何よりも、そういうマインドセットを持てるよう育ててくれた親と友達と環境に感謝。

2010年4月27日火曜日

Disciplineとしての学問

唐突ですが、最近自分の思考方法の変化によくも悪くも気づくので、メモります。



経済学では、個人は理性的に行動する、や、個人は効用を最大化する、などの仮定をおいている。
実際には、その過度に単純化した仮定にそぐわない行動ばかり。例えば、タバコをやめたいが禁煙はことごとく失敗、などの消費者行動。
ここらへんの矛盾にいま行動経済学が答えようとしている。つまり、行動経済学は経済学の”可能性”を追求している。


ここまでは、一つの学問の”内容”について。Disciplineとして経済学を捉えなおすと、
観察・分析・理論化の繰り返し。競争政策などに携わり、観察・分析後に主体的な実践ができるなら話は少し異なるが、思考方法としては、可能性を追求するのではなく、一歩引いて原因をさぐる、といった感じのDisciplineだと思う。


一方で、”経済学は共通言語”といわれるように、学問をツールとして使うのであれば言語と同じで、自由に複数のDisciplineを扱えるはず。例えば、母国語+外国語のように。


その意味で、自分がどこまでそのDisciplineが必要かを見極めて行動したい。
あとは、Disciplineの習得過程が楽しいことが大事だ。もちろんすべき苦労はいくらでもする。
それでも、それを含めて楽しまないと損だと思う。

2010年4月26日月曜日

残り20日

はやいもので、来週で授業も最後。今日は天気もかなりよかったので、庭でリラックスしながら課題。


PP290:Digital Marketの最終課題のおそらく一番めんどうそうな問題を意外に早く片付けられたので、量はまだまだ残っているが、一安心。その問題は、ちなみに、マイクロソフトがEUで独禁法にふれたケースを題材にした、競争政策のモデリングの問題。ちなみに、このクラスのスーザンは授業のシラバス・題材・課題をすべてオンラインで公開している。例えば今回の課題はこんな感じ。(http://socrates.berkeley.edu/~scotch/digitalmarkets/assignment9.htm


競争政策の授業は、欧米*では、一般的に、弁護士とエコノミストをペアにして、寡占・独占の法的側面・経済学的側面をライブで検討していくのが主とのことなのだが、日本だと両方の側面からあたるライブな授業はどこにあるんだろう。BAだと、セミナーも学部を越えることはないのがほとんどだから、うちの大学にもなさそうだ。院なら東大のGrassPPとかではあるのかもしれない。こんな感じで、ある学問を学ぶ際のアプローチのベストプラクティスや、各学校のアプローチの特色を生で体験できるのも、この留学の魅力のひとつ。



*ヨーロッパでは、日本では全く知られていないものの、Toulouseが競争政策/イノベーション/知的財産/産業組織といった分野は一番とのこと。競争政策の遅れた日本自身だけでなく、アジアも共同体としてEUの競争政策に学ぶことは多いと思うので、有意義な学びができそうな場所。



さて、明日からも気合いれていくぞ。

では。

2010年4月25日日曜日

ビル・ゲイツと貧困・教育 〜NPO業界に必要なこと〜




さて、先日ここにきたのは、ビル・ゲイツ。「カレッジ・ツアー」と題した講演ツアーをここでキックオフ。大学からの人材流入が圧倒的に不足している社会問題:グローバルヘルス、教育、の問題点と展望を語った。その後は、東海岸は、MIT・ハーバードに向かったよう。


抽選にはずれたので、自分は大学のサイトでみましたが(笑)
先日かいたYoutubeにも早速アップされたようなので、ぜひみてみてください。




概要としては、世界の公衆衛生と教育について、ポリオなどワクチンが劇的な効果をあげたこと、”Teach for America(TfA)”というアメリカの大学生が途上国で先生という実地経験をつみながら修士がとれる人気プログラムの話、をそれぞれひきあいに、投資銀行など金融業やエンターティメント業界に優秀な人材が流れすぎていると訴えていた。

この、公衆衛生と教育分野における人材の需給不均衡という問題に対し、抜本的な解決策の提案がなされていないのは残念だった。自身の公衆衛生にフォーカスするビル・メリンダ財団ではポジションの数は十分ある、一方でTfAのポジションを増やすことは、プログラムの背景上難しいと言及。


一番よいポイントだったのは、公衆衛生、教育双方に通じる課題である、非営利業界の人材の質と流動性についての指摘。
特に、アメリカではブームもさり定着した感がある社会事業について、モデリングの難しさ、具体的には、

  ・(ダブルないしトリプルボトムラインだけに)成功と失敗を定義しにくい
  ・(ゆえに)各組織のリーダーの評価がしにくい
  ・(その結果)人材のターンオーバーが活発でない

という点を指摘、改善のために客観的、統計的な評価基準の必要性を指摘した。


これは当たり前のようだが、かなり重要な点だと思う。なぜなら、構造的に民間と異なり株主が存在しないので、極端に言えば、NPO業界には、リーダーや組織への自動的なチェック機能が働かず、人為的に作る必要があるからだ。さらに、日本のコンテキストにおとせば、いくつか成功例(マザーハウス、かものはし、フローレンス、HRW、手前味噌ですがLIP、など)が出てきているものの、構造的なNPOセクターへの評価体制はアメリカよりさらに確立していない。

ここでのNPOセクターへの評価体制というのは、まずは官民学でもどこからでもよいのだが、日本では学からは比較的存在してるように思うので、民の例をとる。例えば、アメリカに存在するBridgespanというベイン・アンド・カンパニーからスピンアウトした、NPOをクライアントとする戦略コンサルティング会社。こういった存在は、NPOという組織のベストプラクティスをみいだし、NPOマネジメントの体系化を加速させる。日本でも、ベインの方々が若手を中心にこのNPOコンサルティングを近年始められたり、大学の先輩でもある入住さんがNPOのマネジメント支援の活動をされているが、米に比べてしまうととりあえず数が追いついていない、という状況だ。



帰国次第、LIPの皆さんをはじめ、様々なかたとあって日本の現状にキャッチアップすることからはじめたい。

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-Bill & Melinda Gates Foundation
http://www.gatesfoundation.org/Pages/home.aspx

-Teach for America
http://www.teachforamerica.org/

-Bridgespan
http://www.bridgespan.org/

2010年4月24日土曜日

フランスの超学歴社会

残すところ21日。


今日フランスのScience-Po(シアンスポ)から来てる友達が冗談交じりに言っていて、頭に残ってるのが、

  「もう革命は100年以上前におわってる。保守的だろうと、これがフランスの社会の仕組なんだ。」

このセリフは、彼らが、帰ったらENA(Ecole Nationale d’Administration)とよばれる、大学院の入学に挑戦する話をしてたときにでてきたもの。どのくらいフランスが学歴社会かというと、そのENAに行くと、年当たり約40人が卒業し、その40人がそのまま20年後、政府の大臣、ルノーなどフランスの看板大企業のCEOを独占する。政治に関しても、リベラルな政党の党首でさえENAの卒業生で、トップは全員が旧知のなか、というのが常とのこと。

また「システムの中には入ってしまえば、文句はない。もし外にいたら、文句ばかりだろう」とも。現大統領のサルコジは、Science-Poから続いてるそのレールの上にのっていなく、このエリートシステムを壊そうと、一度上記のENAを廃校にしようとしたが、政治家、企業家、官僚、すべてからの反対により断念したとのこと。

けれども、大統領としてのサルコジは、現代のナポレオンとみる人もいるらしく、スポーツ選手でいうと、最速や最強ではないが、政治のゲームに強い戦略的頭脳という一芸をもった選手といえるとのこと。



さて、この階層の再生産をし続ける強固なエリートシステムは、明らかに機械が均等ではないが、社会にとって有害なのだろうか、それとも求心力をもたせるためには有益なのだろうか。それでも、民・官・学の流動性は日本と比べ十分存在し、能力主義も根づいていると聞く。非常にセンシティブな議論なので、少し考える時間をもつことにする。


では。

2010年4月23日金曜日

こっちの学生の実態とか

残すところ22日。


今日はDigital Marketの授業があったのだが、最近は法律の側面によることが多いので、知識不足で、あまり発言することができない。そもそも、経済ネタでもPhDの人が周りなので、自分の能力不足で発言のチャンスが少ないが。

この授業からの学びは多いが、一つは、”エコノミスト”がどう経済学のアイディアを使って、ものごとを分析するか。3人こっちのエコノミストを捕まえて議論させたら、これは、本当に今までみたことがなかったくらいのスピードで分析が行われる。競争政策だから、ってのもあるだろうが。はじめは圧倒された。前学期はディスカッション時の英語で苦しんだが、今学期は自分の頭の回転の遅さを痛感させられた。

スピードだけでなく、何分かごとに、使われるツールもコロコロ変わる。公共経済の社会便益分析、ゲーム理論のナッシュ均衡、ミクロの独占・寡占、これを瞬時に頭ん中で使えるツールにする、やっぱPhDの始めの文字通り”死にものぐるいの”2年をくぐりぬけてこそ身につくものだろう。さて、ゲーム理論を復習しないと。



あと、補足というか、こういうふうに日米の大学比較ばかり書いてると、こっちの大学を神話化してるように捉えられてしまうのが怖いので、一応補足をw

問題がある、とよくいうのは、教育”システム”であって、責任はもちろん自分を含めた学生自身にあるが、学生に問題のすべてが起因するといってるわけではない。その点では、良くテレビにでる偉い人や大学教授が、日本の大学生は勉強しない、と学生自身に責任を求めることがあるが、環境に起因することが大きいと思う。


学生個人個人でみると、やっぱそこはあまりかわらず、授業中Facebookでチャットしてる人はざらだし、イタリア人の客員教授だってディスカッション中少ししてた。



さて、そんなこんなで今週末は課題三昧の予感。


では。

2010年4月22日木曜日

なぜ米大学がネットでの授業公開に積極的か



日本でも、Youtubeで京大が公開をスタート、というニュースを以前みたが、こちらでは、スタンフォード、ここ、東海岸でMIT、イエール、ハーバードなど、それぞれ提供する見れる授業の種類・量ともに、圧倒的に多い。

そのコンテンツの充実に対応し、特にシリコンバレーに近い大学の閲覧ヒット数は高く、以下になっている。


スタンフォード 約10,000,000
バークレー   約 5,500,000
ハーバード   約 1,000,000
京大      約 500,000




なぜ、そこまで積極的なのだろうか。まず、単純に効率の良い宣伝手段になる、というのがあるだろう。特に国際学生の比率が高い海外の大学は、世界中の各国のベスト・ブレインをひっぱてこようとやっきだ。なぜなら、彼・彼女らは将来の大学の研究実績(=大学のボトムライン)を最大化してくれる。

この、全世界にマーケティングをかける、というのは、消費財や工業製品と異なり、商品の性格上、効果的なチャネルが事実上限定されているように思える。洗剤なら、CMを多言でつくり、流すだけだが、教育はそうはいかない。もちろん、MBAなどターゲットが絞りやすいものは、特定層の購買する雑誌など、効果的なチャネルも多い。

もうひとつの戦略は、学校自身自ら、脳みそを現地にとりにいく、というもの。例えば、B-Schoolでヨーロッパが拠点のINSEADは、シンガポールにアジア校、アブダビに中東校をもっている。(http://www.insead.edu/discover_insead/who_we_are/index.cfm

しかし、後者の戦略は、大学の性格によりけりだ。INSEADがExecutive MBAなどにも定評が高いことからもわかるように、研究中心でなくて、教育の提供がメインであれば、分校をどんどん増やせるが、アメリカの総合大学のように、複数分野間でのスピルオーバーが期待できる学校は、分校をたくさん作り、有形・無形の資産を分散させるのは得策ではない。(逆に、学費収入の安定化という目でみれば、地理的な分校の分散は、学費収入のポートフォリオのリスク分散になる)



こう考えると、Youtubeでの授業無料公開はよいマーケティング手段だ、といえる。もちろん、見た人がそれのみを理由に直接入学する可能性というのは低いだろうが、情報源の一つとして有効活用する可能性は非常に高い。実際、自分は、在学生以外にも、来る前にここのチャンネルにお世話になった。授業内容、というよりかは、授業やキャンパスの雰囲気などをみれたことはここにこようと決めることに繋がったと思うし、モチベーション維持にも役に立った。



違う側面からみてみよう。
日本の大学はようやく、といった感じだが、その理由の一つに、大学が授業公開をすすんでしにくい状況があると思う。

学校予算に占める学費収入の割合をみるとわかりやすい。先日、大損をしてしまったが、資産運用に積極的な早稲田で50%強、病院収入がある慶応で30%、それに対し海外の大学は、ハーバード20%、スタンフォード10%と、授業料依存度が低い。この数字からすれば、対価を学生に支払わせているそのコンテンツを無料でネット公開するのに躊躇しても仕方がない。実際の潜在的な入学志願者の行動がWeb公開で簡単にかわるとは思わないが、大学側は躊躇する可能性はある。

この日本の大学経営の授業料依存の問題は、大学の国際化、という文脈での非常に重要なファクターなのだが、その先はまた別の機会に。

もうひとつは、もはやお決まりの理由だ。国際化が進んでなく、英語での授業がなされない限り、Youtubeで公開しても、その宣伝効果は国内市場にとどまり、単純に潜在的な大学進学者の年齢層を考えて最大で500万人くらいしかリーチできないように思う。


やはり、何をするにも、根っこから変えていかないといけないようだ。



では、おやすみなさい。



2010年4月21日水曜日

Urban Forestと里山

残り24日。台湾のCindyよりインプットがあったので、それについて。(写真はすべて、”Urban Forest by MAD”, December 10th, 2009, Dezeen Magazineより)



これは、中国のChongqingに建設予定の”Urban Forest(重庆森林)”というビルのイメージ。見た途端、このマルチレイヤーの空中庭園にははやく一人前になって住んでみたいと思った。









壁がすべてガラスで透明なことで、都市内部の高い場所にありながら、緑をメトロポリスの迫力ある姿とともに景観として味わえるようになっている。







非常に面白い、かつ意義がある、と思ったのは、よくみると、屋外・屋内ともに、3フロアくらいで緑を共有できる、という点。景観的にも用途的にも住人同士シェアする、というのは、Commons(共有資源)として機能しコミュニティの構築・持続を促す点で大事な要素。






最後に、こういった緑と都市建築の融合を図るこころみに対し、なされる反論に、「このような緑は人工的で、人に擬似的な満足しか与えることができず、自然とはいえない。」といったものがあるが、


■よく考えてみれば、現代人の効用は自然からえているわけではない。
例えば、バークレーにきてつくづく思うのだが、東京に20年もすんでしまうと、騒音があろうが、振動がすごかろうが、(一定レベルを超えない限り)あのカオスな景観自体が落ち着く。

つまり、現代人の効用関数は、x (x: 自然の量) のみが 変数でなく、y (y: ぱっと外をみまわしたときに目に入る建物の数) やz(z: 周囲のノイズ) など、様々な変数が加わっている。さらに、人によって変数へのウェイトが異なる。仮定をいろいろおくが、xのウェイトが極端に高い人は、頻繁に山や海に旅行にいくはずだ。もちろんそのウェイトは経年変化するし、自分はこっちにきてから、xのウェイトが高くなった。日本帰ったら、10年以上ぶりに富士山のぼりにいきます。


■2つめ、それは”自然”という概念について。
この言葉をきくと、”里山*”と、黒川紀章の提案した”共生”というアイディアが思い浮かぶ。
”里山”は、まさに上でちらっとでたCommonsの代表例。山の麓の住人が、山を”人工的に”手入れして共有資源としての価値を最大化するもの。実際、日本の森林は、

  ・江戸以前:過剰利用
  ・江戸時代:政府の規制・監督による適切な持続的な木材利用など、Commonsとしてベストな状態
  ・江戸以降:放置により木材資源としての利用価値低下

といわれる。つまり人間にとっての自然というのは、一定レベルの介入が必要である。その意味では、自然とこのUrban Forestの違いは、自然と人間のバランスが逆転しただけといえる。


こんなことを思いながら、バークレーという街のリズムをまだまだ感じてたいと思いながらも、東京のリズムをはやく感じたいなーと思ったのでした。今年の夏は六本木に住めるので楽しみ。






さて、まだいろいろ書きたいのですが、明日は山場なのでここまでで。あと最近建築系のインプット全然はいってないな・・・


では




−−−

里山*・・・日本は資源欠乏のおかげでこのCommonsの利用というのが世界的に見てもうまい。昨年のノーベル経済学賞の一人、Elinor Ostromは、世界中のCommon Property Managementを研究したのですが、そのなかの一つの例が、日本の漁業民の漁場経営だったりします。


<参照>
”Urban Forest by MAD”, December 10th, 2009, Dezeen Magazine, http://www.dezeen.com/2009/12/10/urban-forest-by-mad/

2010年4月20日火曜日

経済成長なしの世界

残り25日。新しい一週間が始まる。今学期は、開発経済の授業はないので、自分でペーパーや記事にふれるようにしているが、1つ、以前から頭にひっかかっているテーマがある。開発経済を学ぶ友人ともよく議論する話。まだ掘り下げられていないのだが、早くシェアして、いろんな人とこの話題を話してみたいと思ったので、書いてみます。



■経済成長なしの世界

不況の日本では、GDP成長率◯%、前年比◯%減と数字がメディアに飛び交うが、回復したあと、10年後、20年後、50年後、どうなるのか、と思ったことはないでしょうか?

限られた天然資源、人口増加、国家間の格差・・・これらの問題をふまえ、”持続的な成長”をめざそうという考え方がある。これはまだ成長自体は放棄していない。放棄しない主張はよく、極端だが、昔にもどり文明社会を完全にすてることは不可能、という論調になることがおおい。

けれども、逆に、このまま未来に永遠に経済成長し続けることも不可能ともいえる。では、経済成長がないと、僕らの世界はどうなるのだろうか。



これは授業やテストが終わり次第、詰めたいと思ってるのですが、感覚的にみんなどう受けとめるのか凄く知りたいです。


では。

2010年4月19日月曜日

ムダが魅力を生む



残り、26日。朝運動、小テスト、復習等と、いつもどおりの日曜日をすごしました。夜は家のメンバーで、交換留学できてる人が3名ぬけたあとの部屋の借り手をどうするかなどを話しあう。こういう話をすると、あ、もうすぐ終わるんだなとすこしずつ実感する。



■ムダが魅力をうむ


さて、今日はサンフランのベストカフェを紹介。とはいえ、あまりSF
に行かないので、ここには一回しかいってないのですが・・・。

よく、デザインの現場で、グラフィックにしろ習字にしろ、「余白」「無」「ムダ」のスペースこそが全体を決める、といわれることがあると思います。引き算のデザインや、現代常に接することの多いミニマリスティックなデザインなら、その視点はますます重要だと思います。


東京では地価のせいで困難な、スペースを広くとり「ムダ」な部分をうまく店舗のデザインとしてとりこむことが、このSFのFour Barrelというカフェではうまく行われていた。









ご覧の通り、レジの後ろに東京ではなかみられない広大な”ムダ”が、カフェ内に存在する。

店舗デザインが優れてるだけでなく、
豆も店内でローストしている。










さらに、バリスタの腕に加えて、すばらしいことに、美味しいエスプレッソをいれることのできる、La MarzoccoのMistralを使用している。













店内の照明も、一癖ある。なかなかかっこいい。











トイレまで、徹底的にデザインされている。
上部はガラス張りになっており、トイレ内のシャンデリアが外から楽しめるようなっている。





サンフランにお立ち寄りの際はぜひ。では。

2010年4月18日日曜日

日本への視線



日本を離れ、早くも約9ヶ月がたつ。社会人で働いていて頻繁に行き来することができれば、日本の社会の”空気感”のようなものを感じてこれるのになーと時々思うことがある。


というのも、こっちにいると、友人や知人など1対1のレベルでは、日本への非常に高い好感度、特に料理や芸術など文化に関心をもってくれて、日本人でよかったと嬉しく思うことがよくある。政治・経済になると、「今度の政権は大丈夫なのか」と心配する。


一方、マクロでみると、日本に対して、日に日にあきらめの色が濃くなってきていて、非常につらいものがある。エコノミストの記事を例にとると、3/31の「失敗した郵政改革」では

   恥ずかしい事態”

と書かれ、4/8の「ゆっくりと迫る危機」という国家財政の記事では、

  ”赤字財政とデフレ圧力を前にしても、大胆な行動をとれないでいるのは、 まさに日本人的だ”

と書かれてしまっている。まだこの記事は、日本を完全にスルーしているわけではないが、ビジネスの分野を中心に、やはりジャパン・ナッシングがますます長引いてしまっているな、と思わざるをえないことが多い。



こういう状況に関して、いま国内ではどんな”空気感”が流れているのかはやく感じたい、と思う。そしてまた、ネガティブな話こそ、ポジティブに向き合いたいと思う。




<参考>
Economist 「ゆっくりと迫る危機」: http://www.economist.com/displaystory.cfm?story_id=15867844


2010年4月17日土曜日

「頭痛にはタイレノールのかわりに、赤いドレスを」

残り28日。
早くも一週間がおわり。
と書いたが、こっちにきて学期中の感覚で変わったのが、金曜が終わると、土曜からすでに新しい週が始まってるような感覚になりました。土曜から次週の予習をはじめるせいかもしれません。


さて、今日はファッションの話を。



■「頭痛にはタイレノールのかわりに、赤いドレスを」
LANVINというブランドを再生させた、アルバー・エルバズ、というデザイナーがいる。派手さはないが、生地、形、色、そしてテーマ、特に生地と色の組み合わせや作りは一つぬけているように思う。そして何よりさじ加減が絶妙かと。素晴らしいランウェイをとどけてくれます。








デザイナーにしてはめずらしく、ぽっちゃりしている。
そして、服にまつわる考えも面白く、インタビューでの言葉は一つ一つ意味深いものばかり。












まず、現代の女性について、

  「この現代で女性でいることはかなり難しい。女性は、周囲から完璧な母親、完璧な娘、完璧な妻、完璧な美しさ、完璧な仕事、、、でいるよう期待されて行動している。僕がハリウッドのプロデューサーなら、007の主人公をジェームズの代わりにジェーン・ボンドにするよ。」

また、彼自身が渡米し、NYCでGeoffrey Beeneの下での修行していた際の教えから、
ファンションとは何か、について以下のように答えている。

   ”Individualism, that's what fashion is all about. ”

   ”How you make surreal into real, and how real can become surreal.”

   ”What we are doing is its more about selling dream to women to feel good look good to be something that they don't want to be, but till be themselves”

確かに、服(特に女の人)は、その時代の女性の姿を写しているが、ただそのまま反映してるのではなくて、その少し先の夢や期待、といったものも写していると思う。デザイン全般についても、他の分野と今日のファッションの違いをこう指摘する。

  「車、コンピューター、建築など他の分野はいまどれもスマートなデザインをめざしているが、ファッションはいまだにグラマー、セクシーといった概念とくっついている。」

最後に、幼い頃は医者になりたかったことを引き合いに、こう締めくくる。

   ”have to give Tylanol to feel good, ill give you the red dress and you feel marvelous


彼のつくる服自体については、実際メンズは、ルカ・オッセンドライバーがメインを務め、アルバーはアドバイスにとどまっているとされているが、男女双方のコレクションのイメージはいい意味でかなり似ている。こちらも素晴らしいランウェイ。最後にそれぞれ好きなショウを紹介。メンズは特に秋冬になると素材と色の組み合わせのすばらしさが効いてると思います。音楽も毎回いけてるのでぜひ。

2010年4月16日金曜日

残り29日

さて、今日はもう一方のProbem Setを提出し、一段落。
授業的には木曜が山なので、リラックス。明日は天気も20度近くといいようなので、運動もがっつりしてこようかなと。


今日は、PhDの授業でロースクールのBenが、たまたま冷凍ギョーザ事件を例に、トレーサビリティなど日本の食料の安全を法的側面から取り上げていたのだが、

”オーガニック”という言葉が、統一された基準がないために、日本以上にマーケティング戦略となってしまっているアメリカでは、

「モスバーガーというファストフードの店が、その日ハンバーガーに使ってる食材の産地と生産者の名前を表示しているが、めずらしくはない」

という話をすると驚かれる。


事件後の需要の変化を一つとっても、日本の消費者は、商品に対してほんとうに厳しいな、と思う。金融危機の影響も考慮しなくてはならないが、中国からの食料品輸入額は2009年に6400億円、2007年に9200億円(http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/0298.html)と、未だに事件以前の水準には至っていない。


では。

2010年4月15日木曜日

「国際化が必要なのはリーダーだけでなく、社会全体」

学期終了まで残り30日。今日は、Problem Setを一個提出し、一週間も中盤。残りも気をひきしめていこう。

小林久志さんという、元プリンストン大の工学部長も努められた方のの東大大学院入学式での日本のリーダーの国際化の必要性を説いたスピーチ(http://hp.hisashikobayashi.com/)に対する感想を。


■国際化が必要なのはリーダーだけでなく、社会全体
小林さんは、日本の失われた20年、先進国中最低GDP成長率という現状と、情報産業の未発達の理由を 

 ・日本のリーダーとその周囲の力量不足

特に

 ・国際競争力を担保する知識、洞察力、英語能力の欠如
 ・国際的な活躍経験、人脈の欠如

と指摘し、日本の大学の国際化の遅れ、特に海外の研究者に対する吸引力の低さに、一部の責任をみいだす。そして、入学式というセッティングのせいも多少あるだろうが、提案として、未来の日本のリーダーである、修士の生徒に(実社会にでる、研究職どちらでも)

 ・PhDないし研究生活をアメリカの大学で送ること
 ・(そうでなくても)英語で教養、専門ともに英語で不自由なくコミュニケートする能力 

の必要性を訴えた。ここまでは、100%同意。入学式という性格上、言及されない要因や提案もあるのも承知。それでも自分のなかで付け加えたい、と思ったのは、

 ・リーダーとその周囲だけが国際化しても、まわりがついていかない

ということだ。失われた20年といえども、成熟社会にはかわりなく、言語と文化のバリアーに社会や市場が守られている現状では、ふつうに暮らしていくなかでは、国際化する必要も感じないだろうし、そのモチベーションもみつからないだろう。もちろん、現実にはそのバリアーが徐々に壊れてきてるからこそ、多くの人が危機感を持ち始めている。そのような世界観で暮らしていると、おそらく、
  
 ・国際化したリーダーとその周囲に共感ができない

と思う。これでは、いくらリーダーが日本を奮いおこそうと頑張っても、一人相撲でしかない。もちろん、奮い起こすために、

 ・真のリーダーは、社会全体の国際化が必要なことも理解

し、とりくむ。現に取り組んでいる方もいるだろう。けれど、圧倒的に数と力が足りてないと思う。この状況が続くと、言語と文化のバリアーの自然崩壊まで、おそらく社会は動かない。


おそらく、このシナリオが可能性としてあるから、最近自分のまわりで、「日本は落ちるとこまで落ちないとどうにもならない」という声をちらほら聞くのだろう。けれど、自分としては、そうは思わない。そもそも、落ちるとこまで落ちるのに何年かかるのだろうか。そこまで日本はヤワじゃない。

そんな風に思うのは、「変えられない」、「自分達の世代にも変えられない」という前提をおいてるから。一方で、そういう前提をつくりたくなる気持ちも自分にも少なからずある。飛び込んでくるニュースはひどいもののほうが多い。それでも、「自分たちの世代で変えられる」っていう前提をおいて行動することが、責任のとりかただと思う。


では。








2010年4月14日水曜日

学期終了まで残り31日





31




気がつけば、残すところ1ヶ月。そのあとも他の件で残るとは思うけど。ということでせっかくなんで毎日かいてみようかと。



■「宿題の難しさ>定期試験」
今日は、勉強的には行動経済学と公共経済学のProblem Set(宿題よりかは重たく、お持ち帰り小テストみたいなもの)を解くのがメイン。
こっちの面白い点は、とくにBotond(http://elsa.berkeley.edu/~botond/)の行動経済学では、ProblemSetの成績のウェイトが、総成績の40%。さらに、中間・期末の3倍以上は難しい。生徒を授業にコミットさせる(or学習効果をあげる)には全く正しい方針ですが、もちろん、生徒はいやがる。

まだまだ定期試験の時間制限に弱い自分としては、助けられてるのだが・・・。助けがいらないようにさっさとなるぞ、と。


■夜は、前学期住んでいた、I-House(国際留学生の寮)に食事、その後クラスメイトと宿題。
ここも、交換留学のいいところであるけれど、すっかり慣れてしまったが、スウェーデン、中国、アメリカ、ブラジル、世界中の友達と囲む食卓。自然と各国の政治、文化、経済の話に花が咲く、、、んー日本戻ったら恋しくなるだろうなぁ。今は日本の食卓が恋しいんだけど。


■「民間とアカデミアの流動性の高さ」
アメリカ系中国人の友達で、イエール大数学学士→トーマツで2−3年勤務→バークレーエンジニア学士、というというやつがいるんだけど、今の学士を1年目でとめて、NYCで1年働いてくる決断をしたと今日話してくれた。

学士、マスター、ドクター、とアカデミアに区切りがついた人材の民間との流動性も大事だけど、各プロセスの途中における流動性もかなり大事のように思う。というのも、メリット:
  1)スピルオーバー
  2)民間のスピード感が個人単位でアカデミアへ伝搬
など、特に2)は大事かと。

こっちの勉強出来る人って、「いつでも民間ではやってけるぜ!」っていうタフな人ばかりだから。日本はいいところはささっと直して、その先で勝負すべき。


さて、明日は教授と朝一でミーティング。では。

2010年4月13日火曜日

ニューヨーク雑感 〜観光編〜

少し遅くなりましたが・・・、

2年ぶりにNYCにいってきた。一緒に住んでいるクリスの友達が住むニューヨーク大学の女子寮へ。観光名所をまわりまくる、というよりかは、ゆっくり時間をとって、NYCのリズムをじっくり味わったという感じ。(または単に昼夜逆転が多かったせいか・・苦笑)

やはりその都市の旬な部分を楽しむには、ジモティの存在はおおきい。感謝。よかったとこを少しあげときます。


■食

(略)

日本のほうが美味しいので・・・。日本でごはんはやくくいたい・・・。




■服

1. CONSORTIUMS

行ったなかでは、一番ヒット。アメカジからハイブランドまで、古着とデットストックを扱ってるが、質と値段がすばらしい。東京の古着屋の比じゃないです。自分のものは結構ここで買った。
それも、考えてみれば、”ナイキ”とか特定の強いブランド名を持たない古着屋が、NYCのSOHOに店をだすということは、質で勝負ができない限り、生き残っていけない。古着屋同士の競争もかなりなものだそう。

ここでは、たまたま居合わせた黒人の人が、自分の地元の隣の駅に住んでることがわかり、まじでびっくりした。

〈住所等〉
5 Delancey Street, New York, NY 1000, (212) 966-1441




そして、なんといっても、



2. ユニクロ























たまたまおれが日本人だからその話題になったこともあったが、それ以外でも、上にあげた地元のセレクトショップや古着屋でユニクロの話をしてる場面に2度遭遇した。(MUJIは1回)特にジーンズの生地のクオリティにかんしてはすこぶる評判がいい。



さて、店内はこんな感じ。

*なぜか、再生ボタンの少し上あたりの画面内を押さないと再生できないので、注意を

注目は、少し前に開始したばかりのJ+(ジル・サンダーのライン)。販売初日には列がこのJ+の入り口からはじまり外まで長蛇の列ができていたとのこと。


J+に関して、個人的感想も少し。
Vネックのセーターを例にとると、40$と安くないが、Jill Sander使ったわりにはカットがよくなかったので、買いはしなかった。色はさすがだと思うし、生地の質も考えると、いわゆるファストファッション(TOPMAN、HM、ZARA)には優があると思う。

ただ、今後のJ+の困難は、イメージ戦略にあるように思う。土台がカジュアルで売ってるだけに、J+にモード感のみもたせるのは簡単でない。特にSOHOでもブースのデザインは変えているものの、店内併設だとやはり独立したイメージを持たせるのは難しい。

もちろん、こんなことは柳井さんの計画内だろうが、J+の潜在的な敵は少々価格帯が上のバナリパかと思う。
5年、10年のスパンでは、このJ+の反応次第で、UNIQLOが完全な独立した別のブランドを展開することも視野にあると思う。バナリパがGAP傘下に入り、その資金源でランウェイのショー開催など積極的なブランド戦略のもと今のイメージをつくったように。



3. Any Old Iron

ヴィヴィアンとか、UKの服がすきな人にいってほしいお店。
ここでも、別の面から、日本の国内市場の強さを感じることに。
というのも、ちょうど行ったとき、”A Child of The Jago” というVivienneの新ブランドがたちあがったばかりで、ロンドンの旗艦店と、ここにExclusiveで初回生産を仕入れてるとのことだったが、オーナーのAndrew曰く、「東京のビームスが10倍はもってってる。」そう。ビームス恐るべし。

写真は、Andrewと、彼の祖父の英国っぷりを発揮した絵。(でもこの絵はタイかどこかで祖父が旅行中に道端の画家に顔だけ入れかえて描いてもらったんだとか。)

ブランドの裏話とかもいろいろ聞けたのだが、長くなるのでまた別の機会に。





2. In God We Trust

リメイクもの中心。特にアクセサリーとかカッコいいの多かったな。美人店員JULIEが面白く、プライバシーもあるからあんまかけないが、家族の関係で日本のレアな部分もよくしっているw
NYC内に4つ店舗があるが、そのうち、
Lower East Side, 135 Ludlow St. New York. New York 10002


3. Teddy Boy

リメイクの冬物コートがとにかくかっこいい。いろんな襟の形をしたコートや、その裏地にもこだわっている。海外にも発送するそう。



■くらぶ

一番よかったのは、

1. lit

1階、地下バラバラにかけてるが、汚い感じの地下が雰囲気的にもおすすめ。80’sを多くかけてたが、ここでNewOrderを久々に聞いて、JoyDivisionのイアン・カーティスが死んだあと、残りメンバーがNYCのクラブシーンでエレクトロのサウンドを培ってったストーリーを思い出し、感慨深かった。


他は、

2. Sway

ジモティ曰く日曜夜といったらここ。ただしほかと比べて多少客を選ぶが、あからさまな観光客スタイルや音楽から外れた格好をしてなければ問題なさそう。


3. National Underground

アングラのミニマルテクノの会場がたまたまここだった。前日に初めて場所が公表された。ふだんはランダムに、R&B、ソウル、ハウス、ロック、なんでもやってるようなので、ふらっといってみるのもいいかも。
これの地下。







最後に、観光らしく、グランドセントラルステーションでかっこつけてNYCの中心にたってみる。(thanks for a photo, Chris)



では。

2010年4月1日木曜日

次のステップ


4/1をむかえ、同期が次々と社会人、大学院、と次のステップに向かう。


卒業する友人へ。ほんとうにおめでとう。こっちまで嬉しくなって力をもらいました。ありがとう。頑張りましょう。


今、アメリカはまだ3/31、俺はまだ学部で勉強しています。


まだ少し寒いものの、心地よい日差しのなかジムと水泳で、NYCへの旅行でなまった体に活をいれてきたところ。


今から、3時半からの教授のスーザンとのミーティングに向けて論文を読みなおします。


今、すべてがうまくいってるわけじゃない。
ある中間試験の結果には、本当に情けなかった。演習不足で解ききれず、平均を切りこれまでの小テストの貯金を全部ぱーにする始末。


それでも、今、自分のなかである思いが確信に変わりつつある。この目まぐるしく変わる世界で、日本にとって、自分にとって、なにがベストか仮説ができはじめている。


とまぁ偉そうに聞こえることは控えめにして、


ふと感じたのは、
本当に、今、友人たちが次のステップをまさに迎えようとしてるこの瞬間に、
心からわくわくしているということ。


自分のやりたいことができる環境を手に入れた人、
そうでなくても、そうなるべく必死に努力している人、
どんな境遇であれ、同じ世代が社会にでる、というのは、大きな意味を感じる。


世代によって、この2010年度も大きく見かたは異なるだろう。
些細な差かもしれないが、この世代だけにしかみえない視点と任務があるはずだ。
決して驕りでなく、この世代もいつかは役目を次に渡す。


2010年度は「まだ不況」「政治混乱」「落ちた日本」なんてラベルをはるべき年じゃない。
2010年度はこの世代のスタートで、希望とアツさで満たすべき一年。たとえ実際にはどんだけ苦労し、めげそうになっていたとしても。



さて、俺は残り1ヶ月半、もうちょっとここでがむしゃらやってから日本に帰ります。


自分にとっても次のステップは始まっています。人生に準備は存在せず、準備し始めた瞬間、すでに次が始まっていると思うので。