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2010年4月22日木曜日

なぜ米大学がネットでの授業公開に積極的か



日本でも、Youtubeで京大が公開をスタート、というニュースを以前みたが、こちらでは、スタンフォード、ここ、東海岸でMIT、イエール、ハーバードなど、それぞれ提供する見れる授業の種類・量ともに、圧倒的に多い。

そのコンテンツの充実に対応し、特にシリコンバレーに近い大学の閲覧ヒット数は高く、以下になっている。


スタンフォード 約10,000,000
バークレー   約 5,500,000
ハーバード   約 1,000,000
京大      約 500,000




なぜ、そこまで積極的なのだろうか。まず、単純に効率の良い宣伝手段になる、というのがあるだろう。特に国際学生の比率が高い海外の大学は、世界中の各国のベスト・ブレインをひっぱてこようとやっきだ。なぜなら、彼・彼女らは将来の大学の研究実績(=大学のボトムライン)を最大化してくれる。

この、全世界にマーケティングをかける、というのは、消費財や工業製品と異なり、商品の性格上、効果的なチャネルが事実上限定されているように思える。洗剤なら、CMを多言でつくり、流すだけだが、教育はそうはいかない。もちろん、MBAなどターゲットが絞りやすいものは、特定層の購買する雑誌など、効果的なチャネルも多い。

もうひとつの戦略は、学校自身自ら、脳みそを現地にとりにいく、というもの。例えば、B-Schoolでヨーロッパが拠点のINSEADは、シンガポールにアジア校、アブダビに中東校をもっている。(http://www.insead.edu/discover_insead/who_we_are/index.cfm

しかし、後者の戦略は、大学の性格によりけりだ。INSEADがExecutive MBAなどにも定評が高いことからもわかるように、研究中心でなくて、教育の提供がメインであれば、分校をどんどん増やせるが、アメリカの総合大学のように、複数分野間でのスピルオーバーが期待できる学校は、分校をたくさん作り、有形・無形の資産を分散させるのは得策ではない。(逆に、学費収入の安定化という目でみれば、地理的な分校の分散は、学費収入のポートフォリオのリスク分散になる)



こう考えると、Youtubeでの授業無料公開はよいマーケティング手段だ、といえる。もちろん、見た人がそれのみを理由に直接入学する可能性というのは低いだろうが、情報源の一つとして有効活用する可能性は非常に高い。実際、自分は、在学生以外にも、来る前にここのチャンネルにお世話になった。授業内容、というよりかは、授業やキャンパスの雰囲気などをみれたことはここにこようと決めることに繋がったと思うし、モチベーション維持にも役に立った。



違う側面からみてみよう。
日本の大学はようやく、といった感じだが、その理由の一つに、大学が授業公開をすすんでしにくい状況があると思う。

学校予算に占める学費収入の割合をみるとわかりやすい。先日、大損をしてしまったが、資産運用に積極的な早稲田で50%強、病院収入がある慶応で30%、それに対し海外の大学は、ハーバード20%、スタンフォード10%と、授業料依存度が低い。この数字からすれば、対価を学生に支払わせているそのコンテンツを無料でネット公開するのに躊躇しても仕方がない。実際の潜在的な入学志願者の行動がWeb公開で簡単にかわるとは思わないが、大学側は躊躇する可能性はある。

この日本の大学経営の授業料依存の問題は、大学の国際化、という文脈での非常に重要なファクターなのだが、その先はまた別の機会に。

もうひとつは、もはやお決まりの理由だ。国際化が進んでなく、英語での授業がなされない限り、Youtubeで公開しても、その宣伝効果は国内市場にとどまり、単純に潜在的な大学進学者の年齢層を考えて最大で500万人くらいしかリーチできないように思う。


やはり、何をするにも、根っこから変えていかないといけないようだ。



では、おやすみなさい。



2009年12月30日水曜日

2009年総括

空港で書いた今年の総括と来年の抱負を。


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今シアトル・タコマ空港で、サンフランへのフライトを待っています。まだ29日なので、そのつもりはなかったのですが、今年を振り返ったので、ここに書いておきます。


空港は公共スペースのなかでも好きな場所の一つ。考え事に最適な気がする。空港では、国籍・人種を超えて無数の人が一瞬にして通り過ぎ、その数だけ人生が交差し、一人の人間の非力さと現代社会のスピードの恐ろしさを同時に感じることができる。

ちょうど今、他大に留学中の友人とシアトル・バンクーバーに行き、帰って来たばかりで、非常にいろんなことを考えさせられる機会になった。

下らない話、勉強、進路、将来、あらゆる話をしたけど、まず自分が今どういう状況なのかより理解が深まったと思う。この時期に済んでいるはずの決断はおろか、頭の整理もあまり進んでいないことに対する危機感をより強く感じた。けれど、今自分に必要なのは、迷うことを肯定的に受け入れること。

タイムフレームに押され、迷うことに否定的な姿勢をとると、判断がごく近視眼的になってしまう。たとえ一度長期的なヴィジョンに基づいて選択肢を準備しても、半年で自分や自分を囲む環境が大きく変わりうることを考えると、その状態はベストな判断をするにあたり非常に危険。

弊害として、いただいている良いお話にも、120%向き合あうことができていない。また、日ごろお世話になっている人に相談に乗ってもらっていても、自分の整理の不十分さで十分に責任のある姿勢で望めていないことに気づき反省。

ここ半年で何が変わったか、というと、中身自体が変わったのではなく、もっていた危機感と思いが予想異常に強くなった。よく留学は人をナショナリストににすると言うけれど、日本への客観視により得る示唆は多く、予想異常に自分に対し強いインパクトがあった。特に日中米間の示唆が多い。

こう通して自分のことを振り返ってみて気づくのは、自分の精神的な未熟さ。同じような環境にいても、もっと前向きに向かい、本当の意味で周囲の状況を心配する余裕を保てる人間がいる。特にこの旅行は短時間だったけど、すごく長かったように感じる。友人に感謝。


最後に。2009年に一寸の悔いはない。2010年は、留学後半戦/進路/帰国後の活動の結果は最低限、何よりも精神的に成長したい。

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P.S. ヴァージン航空を初めて使ったけど、航空事業単体の会社と比べ、航空事業をポートフォリオの一部として運営することがいかにサービスに違いを生むかに驚いた。CA然り、車内販売然り、無料WiFiサービス然り。

As for the trip per se, I wanna definitely come back to Washington for Sasquatch Music Festival 2010, which takes place at The Gorge Amphitheatre having sci-fi scenery with great lineups.

2009年5月27日水曜日

今までの大切さ

ある人に、ある相談をしたのですが、単に自分の未熟さを露呈する結果になりました。

自分がある時点で、なぜそれに取り組んだか、またその後、それがどう自分の核に影響したか、それを今後、どう展望につなげられるかなど再考すべきは多く残されていました。

そのようなアドバイスをしてくださった、2人の人生の大先輩に感謝したいと思います。
やはり年の功、というのは本当に意味があって、時間は誰にでも平等に与えられているからこそ、過ごした時間は絶対的な価値をもってくる。もちろん過ごし方(=中身の濃さ)にその価値は依存するが、今回相談したお二方は学問のプロ。恐らく僕の考えは、とてつもなく未熟に映ったと思います。

猛省+今やるべき事をやります。

2009年5月13日水曜日

卒論の悩み/紙の重み

卒論の中身をいろいろと考えています。まだまだ先なのですが、悔いのないよう徹底的に書きたく、そのためには指導教官の最適なFBが必要だと思います。実は、あるテーマか、今所属するゼミの直接的なテーマ、どちらで書くか悩んでいます。決断ができたら多少の荒技を実行してしまうかもしれません。

どちらにせよ、なるべく他人に迷惑かけないよう頑張りたいと思います。最近ゼミのフィールドワークがあまりできず、参加の仕方が偏ってしまってるのですが・・・。

ーー
Cal(バークレーの愛称)から、やっと書面で合格通知が届きました:)
メールで通知されたときは、あまり実感がわかなかったのですが、やはり紙で受け取ると、いよいよだな、と気持ちが高ぶります。

頑張ってきます!

2009年4月1日水曜日

大切にしたいもの/入ゼミ面接官

4/1。年度初めに自分への戒めとして書いておきます。絶対に忘れたくないのは、初心。そして、すれずに、アンテナの感度を落とさないでいたい。


入ゼミ面接官は、またよい経験の一つに加わりました。先生ありがとう。短時間の面接において面接官は公平に努めたとき、人の何を最もみるか。

授業決め(3/30)

シラバスを今日は学校にもらいにいきました。

とりたいの多すぎます。でも、選択と集中。ただし、昨年度よりtheoreticalな授業を多めにする予定。理由は、運がいい事に他でpracticalに学ぶ機会が十二分にあるからです。

2009年2月9日月曜日

研究プロジェクト最終報告会/大学の役割

外部のゲストやOBを前に、港区と共同の地域活性化事業の成果報告をしてきました。
プロジェクトを通し学んだことのうち、実感として一番大きかったのは、行政と協働する際、行政の行動原理をふまえて自分らも行動する必要があるということ。その行動原理を把握する/しないでは、提案のフィージビリティが大分違ってくる。別に大学×行政に限ったことではないのだけれど。


そして、ふと思ったのは、大学の職業訓練学校化に対する批判について。所属する武山ゼミは確かに、民間及び行政とプロジェクト運営をしていて、”ゼミのメリット(=研究)”と”相手のメリット”の両立にしばしば苦労することがあるけど、もとを辿れば、大学だけが公式な教育であるかというと、決して違うので、そのような批判はあまり深刻に考える必要はないのではないか。もちろん、学問の体系化という、純粋な教育拠点としての役割を持つ大学が、自身の持続性を維持するための必要最低限をクリアできてないといけないけれど。

一方、大学も一つのビジネスであることには変わりなく、実際、随分増えた日本の社会人向け大学院は非常に商業的であると、通われている方にお話を聞いたりする。研究や学問自体が商業化の影響をうけるのはよくないが、施設のサービスの部分は大いにに商業的になって欲しい。例えば、学校の図書館は飲食禁止だけど、コーヒーが飲めないのはどうかと。あと開館時間も24hにしてほしい。日本でも、理系の図書館とか製図室とかは24hあるけど。


P.S 睡眠最適化されました!

2009年1月6日火曜日

学校開始

新年会も終え、今日は港区行政と09年初ミーティングでした。
累積した深刻な課題も、新年というフィルターを通すと普段以上に楽観的になれるのはなかなか良いことなんじゃないか、と思います。


最近思うのは、いくつかの今メインで取り組んでいること同士で確実にシナジー効果がでてきてるなということ。もちろん、表面的なプロジェクト運営スキルの相互転用とか、知識転用もあるけど、大きいと感じるのは、ジャンルは多少違えど、それぞれの持つ社会的意味が似てるということ。ひとつあるのは、ダブルボトムラインの話かなと思うのですが、学外で今やってるマイクロファイナンスのプロジェクトに関しては、順不同で
 1.利潤追求
 2.社会問題解決
の本来の定義どおり。一方、ゼミの港区行政との共同地域活性プロジェクトでは、参画主体(行政と大学)に限定すれば、
 1.公共性追求
 2.社会問題解決
ないしは、
 1.公共性追求
 2.新しい価値提供
という感じで書けると思います。結局、根底に流れてるのは官-民、公–私の構図のような気がします。ただ、ちょっと気になるのは、今はやりの社会的企業も、実はその2つのボトムラインのバランス次第では、既存のCSR、SRI、慈善事業と実質的に同じになりうる点。特に、民間企業が既存のCSRの代替という地点からスタートして社会的企業を合弁で始める場合とかは、本質的に姿勢が変わらないケースが多くなりがちでしょうし。


あと念のため、というか、遅くなりましたが、この時期いろんな人に合うたびに質問され、オウムのように繰り返してしまっているので一応今の自分の状況を書いておきます。就活は2010年度でなく、まだ先です。というのも、まだカレッジが正式決定してなく詳細は書けませんが、今年の8月から留学します。向こうでの専攻は開発学で、期間は1年、学部交換留学なのでマスターを取りに行くわけではありませんが、やるだけやってこようと思います。アメリカ西海岸の大学です。

もうすぐ試験ですが、それまでもいろんな人と合うアポを取らせて頂いてるので、気をひきしめていきます。