授業も残すところ明日がラスト!と、時の流れのはやさには本当にびっくりさせられる。
今日は最後のDigital Marketの授業を終えたあと、2時間ほど各自これからどうするのかや、授業のトピックにあがらないテーマについてランダムに談話+情報交換。
Carmel Veuturesというイスラエルのベンチャーキャピタル(VC)で働いてたクラスメイトからの話を少々。彼が指摘するのは、
・アメリカのスターカルチャーの存在が、革新的なベンチャー企業の創出・育成成功の大きなカギ
になっているということだ。というのも、イスラエルでは、いくらよいビジネスプランやアイディアを持っていたとしても、社会は経営者の資格として必要以上に年齢を重要視するために、十分な資金を獲得できないことが多いそう。もしくは、それに関連した理由で年配の経営者をもってくることもあるよう。さらには、VC自体もマネジメントの新陳代謝が低いため、20年前からいる人が今まだポジションにいることがあり、そのため、例えば40代の起業家が目の前にいたとき、そのVCのマネジメントは”相対的”に若いと捉える。対照的に、アメリカでは、社会的な評価が年齢と強く結びついていないため、むしろ若ければ若いほどインパクトが大きく社会がこぞって応援する、というようにスター・カルチャーが良い方向に働いているのである。
これは尤もだと思う。一つ注意したいのは、決して40代の起業家が革新的な企業を生み出せない、という話ではなく、
・若くて20代30代の人の最も生産性の高い時期を経営者として捧げようとしてるヒューマンキャピタルに、社会がリスクを取らないのは、大きな機会損失である
ということ。
日本でも、若く勢いのある起業家はアメリカにくらべてしまうと、まだまだ少ない。facebookのMark Zuckerbergは、若干25歳。また、日本のVC業界は、大手銀行銀行系列が多いために、シードマネーと呼ばれるアーリー・ステージのベンチャーを支えるリスクマネーの不在が指摘されている。幸い、イスラエルでは、政府の支援策が長く続いていることもあり、シード・マネーは不足してないそうだ。
ーーー
Carmel Ventures
http://www.carmelventures.com/index.asp
2010年4月30日金曜日
2010年4月28日水曜日
2010年4月27日火曜日
Disciplineとしての学問
唐突ですが、最近自分の思考方法の変化によくも悪くも気づくので、メモります。
経済学では、個人は理性的に行動する、や、個人は効用を最大化する、などの仮定をおいている。
実際には、その過度に単純化した仮定にそぐわない行動ばかり。例えば、タバコをやめたいが禁煙はことごとく失敗、などの消費者行動。
ここらへんの矛盾にいま行動経済学が答えようとしている。つまり、行動経済学は経済学の”可能性”を追求している。
ここまでは、一つの学問の”内容”について。Disciplineとして経済学を捉えなおすと、
観察・分析・理論化の繰り返し。競争政策などに携わり、観察・分析後に主体的な実践ができるなら話は少し異なるが、思考方法としては、可能性を追求するのではなく、一歩引いて原因をさぐる、といった感じのDisciplineだと思う。
一方で、”経済学は共通言語”といわれるように、学問をツールとして使うのであれば言語と同じで、自由に複数のDisciplineを扱えるはず。例えば、母国語+外国語のように。
その意味で、自分がどこまでそのDisciplineが必要かを見極めて行動したい。
あとは、Disciplineの習得過程が楽しいことが大事だ。もちろんすべき苦労はいくらでもする。
それでも、それを含めて楽しまないと損だと思う。
経済学では、個人は理性的に行動する、や、個人は効用を最大化する、などの仮定をおいている。
実際には、その過度に単純化した仮定にそぐわない行動ばかり。例えば、タバコをやめたいが禁煙はことごとく失敗、などの消費者行動。
ここらへんの矛盾にいま行動経済学が答えようとしている。つまり、行動経済学は経済学の”可能性”を追求している。
ここまでは、一つの学問の”内容”について。Disciplineとして経済学を捉えなおすと、
観察・分析・理論化の繰り返し。競争政策などに携わり、観察・分析後に主体的な実践ができるなら話は少し異なるが、思考方法としては、可能性を追求するのではなく、一歩引いて原因をさぐる、といった感じのDisciplineだと思う。
一方で、”経済学は共通言語”といわれるように、学問をツールとして使うのであれば言語と同じで、自由に複数のDisciplineを扱えるはず。例えば、母国語+外国語のように。
その意味で、自分がどこまでそのDisciplineが必要かを見極めて行動したい。
あとは、Disciplineの習得過程が楽しいことが大事だ。もちろんすべき苦労はいくらでもする。
それでも、それを含めて楽しまないと損だと思う。
2010年4月26日月曜日
残り20日
はやいもので、来週で授業も最後。今日は天気もかなりよかったので、庭でリラックスしながら課題。
PP290:Digital Marketの最終課題のおそらく一番めんどうそうな問題を意外に早く片付けられたので、量はまだまだ残っているが、一安心。その問題は、ちなみに、マイクロソフトがEUで独禁法にふれたケースを題材にした、競争政策のモデリングの問題。ちなみに、このクラスのスーザンは授業のシラバス・題材・課題をすべてオンラインで公開している。例えば今回の課題はこんな感じ。(http://socrates.berkeley.edu/~scotch/digitalmarkets/assignment9.htm)
競争政策の授業は、欧米*では、一般的に、弁護士とエコノミストをペアにして、寡占・独占の法的側面・経済学的側面をライブで検討していくのが主とのことなのだが、日本だと両方の側面からあたるライブな授業はどこにあるんだろう。BAだと、セミナーも学部を越えることはないのがほとんどだから、うちの大学にもなさそうだ。院なら東大のGrassPPとかではあるのかもしれない。こんな感じで、ある学問を学ぶ際のアプローチのベストプラクティスや、各学校のアプローチの特色を生で体験できるのも、この留学の魅力のひとつ。
*ヨーロッパでは、日本では全く知られていないものの、Toulouseが競争政策/イノベーション/知的財産/産業組織といった分野は一番とのこと。競争政策の遅れた日本自身だけでなく、アジアも共同体としてEUの競争政策に学ぶことは多いと思うので、有意義な学びができそうな場所。
さて、明日からも気合いれていくぞ。
では。
PP290:Digital Marketの最終課題のおそらく一番めんどうそうな問題を意外に早く片付けられたので、量はまだまだ残っているが、一安心。その問題は、ちなみに、マイクロソフトがEUで独禁法にふれたケースを題材にした、競争政策のモデリングの問題。ちなみに、このクラスのスーザンは授業のシラバス・題材・課題をすべてオンラインで公開している。例えば今回の課題はこんな感じ。(http://socrates.berkeley.edu/~scotch/digitalmarkets/assignment9.htm)
競争政策の授業は、欧米*では、一般的に、弁護士とエコノミストをペアにして、寡占・独占の法的側面・経済学的側面をライブで検討していくのが主とのことなのだが、日本だと両方の側面からあたるライブな授業はどこにあるんだろう。BAだと、セミナーも学部を越えることはないのがほとんどだから、うちの大学にもなさそうだ。院なら東大のGrassPPとかではあるのかもしれない。こんな感じで、ある学問を学ぶ際のアプローチのベストプラクティスや、各学校のアプローチの特色を生で体験できるのも、この留学の魅力のひとつ。
*ヨーロッパでは、日本では全く知られていないものの、Toulouseが競争政策/イノベーション/知的財産/産業組織といった分野は一番とのこと。競争政策の遅れた日本自身だけでなく、アジアも共同体としてEUの競争政策に学ぶことは多いと思うので、有意義な学びができそうな場所。
さて、明日からも気合いれていくぞ。
では。
2010年4月25日日曜日
ビル・ゲイツと貧困・教育 〜NPO業界に必要なこと〜

さて、先日ここにきたのは、ビル・ゲイツ。「カレッジ・ツアー」と題した講演ツアーをここでキックオフ。大学からの人材流入が圧倒的に不足している社会問題:グローバルヘルス、教育、の問題点と展望を語った。その後は、東海岸は、MIT・ハーバードに向かったよう。
抽選にはずれたので、自分は大学のサイトでみましたが(笑)
先日かいたYoutubeにも早速アップされたようなので、ぜひみてみてください。
概要としては、世界の公衆衛生と教育について、ポリオなどワクチンが劇的な効果をあげたこと、”Teach for America(TfA)”というアメリカの大学生が途上国で先生という実地経験をつみながら修士がとれる人気プログラムの話、をそれぞれひきあいに、投資銀行など金融業やエンターティメント業界に優秀な人材が流れすぎていると訴えていた。
この、公衆衛生と教育分野における人材の需給不均衡という問題に対し、抜本的な解決策の提案がなされていないのは残念だった。自身の公衆衛生にフォーカスするビル・メリンダ財団ではポジションの数は十分ある、一方でTfAのポジションを増やすことは、プログラムの背景上難しいと言及。
一番よいポイントだったのは、公衆衛生、教育双方に通じる課題である、非営利業界の人材の質と流動性についての指摘。
特に、アメリカではブームもさり定着した感がある社会事業について、モデリングの難しさ、具体的には、
・(ダブルないしトリプルボトムラインだけに)成功と失敗を定義しにくい
・(ゆえに)各組織のリーダーの評価がしにくい
・(その結果)人材のターンオーバーが活発でない
という点を指摘、改善のために客観的、統計的な評価基準の必要性を指摘した。
これは当たり前のようだが、かなり重要な点だと思う。なぜなら、構造的に民間と異なり株主が存在しないので、極端に言えば、NPO業界には、リーダーや組織への自動的なチェック機能が働かず、人為的に作る必要があるからだ。さらに、日本のコンテキストにおとせば、いくつか成功例(マザーハウス、かものはし、フローレンス、HRW、手前味噌ですがLIP、など)が出てきているものの、構造的なNPOセクターへの評価体制はアメリカよりさらに確立していない。
ここでのNPOセクターへの評価体制というのは、まずは官民学でもどこからでもよいのだが、日本では学からは比較的存在してるように思うので、民の例をとる。例えば、アメリカに存在するBridgespanというベイン・アンド・カンパニーからスピンアウトした、NPOをクライアントとする戦略コンサルティング会社。こういった存在は、NPOという組織のベストプラクティスをみいだし、NPOマネジメントの体系化を加速させる。日本でも、ベインの方々が若手を中心にこのNPOコンサルティングを近年始められたり、大学の先輩でもある入住さんがNPOのマネジメント支援の活動をされているが、米に比べてしまうととりあえず数が追いついていない、という状況だ。
帰国次第、LIPの皆さんをはじめ、様々なかたとあって日本の現状にキャッチアップすることからはじめたい。
---
-Bill & Melinda Gates Foundation
http://www.gatesfoundation.org/Pages/home.aspx
-Teach for America
http://www.teachforamerica.org/
-Bridgespan
http://www.bridgespan.org/
2010年4月24日土曜日
フランスの超学歴社会
残すところ21日。
今日フランスのScience-Po(シアンスポ)から来てる友達が冗談交じりに言っていて、頭に残ってるのが、
「もう革命は100年以上前におわってる。保守的だろうと、これがフランスの社会の仕組なんだ。」
このセリフは、彼らが、帰ったらENA(Ecole Nationale d’Administration)とよばれる、大学院の入学に挑戦する話をしてたときにでてきたもの。どのくらいフランスが学歴社会かというと、そのENAに行くと、年当たり約40人が卒業し、その40人がそのまま20年後、政府の大臣、ルノーなどフランスの看板大企業のCEOを独占する。政治に関しても、リベラルな政党の党首でさえENAの卒業生で、トップは全員が旧知のなか、というのが常とのこと。
また「システムの中には入ってしまえば、文句はない。もし外にいたら、文句ばかりだろう」とも。現大統領のサルコジは、Science-Poから続いてるそのレールの上にのっていなく、このエリートシステムを壊そうと、一度上記のENAを廃校にしようとしたが、政治家、企業家、官僚、すべてからの反対により断念したとのこと。
けれども、大統領としてのサルコジは、現代のナポレオンとみる人もいるらしく、スポーツ選手でいうと、最速や最強ではないが、政治のゲームに強い戦略的頭脳という一芸をもった選手といえるとのこと。
さて、この階層の再生産をし続ける強固なエリートシステムは、明らかに機械が均等ではないが、社会にとって有害なのだろうか、それとも求心力をもたせるためには有益なのだろうか。それでも、民・官・学の流動性は日本と比べ十分存在し、能力主義も根づいていると聞く。非常にセンシティブな議論なので、少し考える時間をもつことにする。
では。
今日フランスのScience-Po(シアンスポ)から来てる友達が冗談交じりに言っていて、頭に残ってるのが、
「もう革命は100年以上前におわってる。保守的だろうと、これがフランスの社会の仕組なんだ。」
このセリフは、彼らが、帰ったらENA(Ecole Nationale d’Administration)とよばれる、大学院の入学に挑戦する話をしてたときにでてきたもの。どのくらいフランスが学歴社会かというと、そのENAに行くと、年当たり約40人が卒業し、その40人がそのまま20年後、政府の大臣、ルノーなどフランスの看板大企業のCEOを独占する。政治に関しても、リベラルな政党の党首でさえENAの卒業生で、トップは全員が旧知のなか、というのが常とのこと。
また「システムの中には入ってしまえば、文句はない。もし外にいたら、文句ばかりだろう」とも。現大統領のサルコジは、Science-Poから続いてるそのレールの上にのっていなく、このエリートシステムを壊そうと、一度上記のENAを廃校にしようとしたが、政治家、企業家、官僚、すべてからの反対により断念したとのこと。
けれども、大統領としてのサルコジは、現代のナポレオンとみる人もいるらしく、スポーツ選手でいうと、最速や最強ではないが、政治のゲームに強い戦略的頭脳という一芸をもった選手といえるとのこと。
さて、この階層の再生産をし続ける強固なエリートシステムは、明らかに機械が均等ではないが、社会にとって有害なのだろうか、それとも求心力をもたせるためには有益なのだろうか。それでも、民・官・学の流動性は日本と比べ十分存在し、能力主義も根づいていると聞く。非常にセンシティブな議論なので、少し考える時間をもつことにする。
では。
2010年4月23日金曜日
こっちの学生の実態とか
残すところ22日。
今日はDigital Marketの授業があったのだが、最近は法律の側面によることが多いので、知識不足で、あまり発言することができない。そもそも、経済ネタでもPhDの人が周りなので、自分の能力不足で発言のチャンスが少ないが。
この授業からの学びは多いが、一つは、”エコノミスト”がどう経済学のアイディアを使って、ものごとを分析するか。3人こっちのエコノミストを捕まえて議論させたら、これは、本当に今までみたことがなかったくらいのスピードで分析が行われる。競争政策だから、ってのもあるだろうが。はじめは圧倒された。前学期はディスカッション時の英語で苦しんだが、今学期は自分の頭の回転の遅さを痛感させられた。
スピードだけでなく、何分かごとに、使われるツールもコロコロ変わる。公共経済の社会便益分析、ゲーム理論のナッシュ均衡、ミクロの独占・寡占、これを瞬時に頭ん中で使えるツールにする、やっぱPhDの始めの文字通り”死にものぐるいの”2年をくぐりぬけてこそ身につくものだろう。さて、ゲーム理論を復習しないと。
あと、補足というか、こういうふうに日米の大学比較ばかり書いてると、こっちの大学を神話化してるように捉えられてしまうのが怖いので、一応補足をw
問題がある、とよくいうのは、教育”システム”であって、責任はもちろん自分を含めた学生自身にあるが、学生に問題のすべてが起因するといってるわけではない。その点では、良くテレビにでる偉い人や大学教授が、日本の大学生は勉強しない、と学生自身に責任を求めることがあるが、環境に起因することが大きいと思う。
学生個人個人でみると、やっぱそこはあまりかわらず、授業中Facebookでチャットしてる人はざらだし、イタリア人の客員教授だってディスカッション中少ししてた。
さて、そんなこんなで今週末は課題三昧の予感。
では。
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