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2010年6月3日木曜日

全日程終了!

学期、試験が終わってからは、あっという間でした。


イエローストーン国立公園、その後シアトルのミュージックフェスと、とりあえずでかいイベントは全て終了。荷造りも終り、あとは未だここに残ってる友人にお別れするくらい。明日の昼にサンフランシスコを立ち、6/5に東京につきます。



また帰ってからきちんと書こうと思いますが、今は、とりあえず、
一年間、このタイミングで、好きなことやアカデミアのありかた自体も学び、ベイエリアという東京とは違う文化にどっぷりつかり、松葉杖を初体験し(笑)、やりきった、という感じです。


最近、バークレーに来ることが決まった子たちから連絡をもらったのですが、
本当に、1年たったのが信じられず、まだここに来たばっかりの感じしかしません。1秒くらいしかたってない気がします。

けれど、この一年は、人生のなかで、あとから振り返っても、大きな一年になってるだろうな、と強く感じていて、

留学前、また留学中にお世話になった、友人、ゼミ同期、同じく留学中の友人、LIPのみなさん、家族など支えてくれた人、みんないなければ今の自分はいないわけで、本当に感謝です。

自分の文章力では十分に言い表せないくらいです。ありがとうございました。



さて、離れるのはつらいですが、そのうち戻ってきます。どんな形になるかはまだわからないけど、シリコンバレーでの活動など、今回このエリアでやらなかったことも含め、近いうちにやることになるんだろうな、と感じています。


では、日本で!


[イエローストーン。実物はもっと綺麗です。]
[フェス。絶景の中のメインステージ。最近のバンドやDJの他に、生Public Enemyなど伝説をみれて最高だった。]


2010年5月5日水曜日

De-growth:プロダクトとしてのGDP

更新あいてしまいました、、

報告ですが、帰国日は6/5になりました。社会人も学生も忙しい時期だとは思いますが、みなさん飲みましょうー。




さて、今日はエントリー
「経済成長なしの世界」で書いた内容についてのアップデート。




まずは、この”成長を超えた生き方”というビデオを紹介。

Life After Growth - Economics for Everyone from enmedia productions on Vimeo.




登場するのは、環境活動家かつ哲学者のVandana Shivaや、ここのエネルギー資源グループの教授Richard Nogaard、や生態系の活動家Debal Deb(彼も、前学期住んでいたI-Houseに住んでいました。)


内容は、現実:世界全体で経済というパイの成長が続く中で、先進国と途上国がそのパイを奪い合う、を踏まえたうえで、その現実にどのように挑戦できるか、というきわめて前向きな内容。

方向性としては、


  ・世界経済のパイが一定のもと、先進国側が途上国に譲り、分配の割合を変える
  ・De-growth(逆成長)によりパイ全体をヘらし、そのうえで分配の比率を変える


の2つがある。また切り口としては、測り方の問題、ここではGDPに代わりうるものさしが紹介される。例えば、知ってる人も多いであろう、ブータンのGNH(Gross National Happiness)や、カナダのWell-being、後者でカナダを図ると、GDP基準のそれの遙か上をいくようだ。この尺度の側面からアプローチするのは現実的かつうまいやり方だと思う。一見、「なかみを変えずに尺度を変えても、何も変わらない」と思えるが、経済学者スティグリッツの言葉をかりると、


  
"Information about how we describe happiness affects what we strive for, and so if GDP is what we think as happiness we strive for it."

(人が目指すものは幸福の定義に左右される。GDPで幸福を定義しているから、みなGDPを目指しているだけだ。)



そもそも、開発経済の歴史をたどると、GDPは、差異こそあれ成長をめざす点でGNPと同じであり、そのGNPはWWⅡ中、ドイツに対峙していたアメリカで、戦力として自国の富の生産能力かを経済学者クズネッツが測ろうとしてつくられたもの。つまり、
GDPは70年も昔につくられた古いプロダクトであるということ。壊れかけた温度計を使っているようなもので、新らしい製品が必要だ。GDPに代わるには厳密性や単純性などクリアすべきハードルは多いのは事実だが。もっとも、ステグリッツ自身は、GDPの欠陥について、サステナビリティーや格差問題を捉えていない点を問題視するにとどめ、”成長”自体を問い直そうとはしていない。


しかし、以前、エントリー:フランスの超学歴社会でとりあげた、仏の典型的なエリートシステムに載っていないサルコジ*が、スティグリッツやハーバードのアマルティア・センを集め、2008年にThe Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progressという委員会を設置し、幸福やサステナビリティーの尺度としてのGDPの妥当性を検証・提言するとのこと。いまのところ見張った成果はでていないようだが、こういうイニシアチブはもっとされるべきだし、期待は高い。




最後に、経済成長について、”成長”がいいことなのか捉え直すことは、一見ネガティブな印象を与えるかもしれない。例えば、産業革命以前のような、マクロな生態系レベルでみてバランスが保たれていた時代に完全に戻ることは不可能にみえる。その意味で、ビデオにでてきたような森林での自足時給の生活は解決策にはなりえない。
(バークレーの影響でヒッピーを目指しはじめたわけでもないので、あしからず(笑))


しかし、世界すべての国が先進国並の水準になることは不可能にみえるし、また、過去10年でインターネットが世界を変えたように、既存よりベターなもの、GDPよりよい尺度をつくるのは十分に可能だ。次の10年で何でも変えられる。



*ビデオではサルコジが幸福に着目する理由は、カーラ・ブルーニとの私生活が幸せだから、と揶揄されている。


■参考

The Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress
Richard Nogaard

2010年4月26日月曜日

残り20日

はやいもので、来週で授業も最後。今日は天気もかなりよかったので、庭でリラックスしながら課題。


PP290:Digital Marketの最終課題のおそらく一番めんどうそうな問題を意外に早く片付けられたので、量はまだまだ残っているが、一安心。その問題は、ちなみに、マイクロソフトがEUで独禁法にふれたケースを題材にした、競争政策のモデリングの問題。ちなみに、このクラスのスーザンは授業のシラバス・題材・課題をすべてオンラインで公開している。例えば今回の課題はこんな感じ。(http://socrates.berkeley.edu/~scotch/digitalmarkets/assignment9.htm


競争政策の授業は、欧米*では、一般的に、弁護士とエコノミストをペアにして、寡占・独占の法的側面・経済学的側面をライブで検討していくのが主とのことなのだが、日本だと両方の側面からあたるライブな授業はどこにあるんだろう。BAだと、セミナーも学部を越えることはないのがほとんどだから、うちの大学にもなさそうだ。院なら東大のGrassPPとかではあるのかもしれない。こんな感じで、ある学問を学ぶ際のアプローチのベストプラクティスや、各学校のアプローチの特色を生で体験できるのも、この留学の魅力のひとつ。



*ヨーロッパでは、日本では全く知られていないものの、Toulouseが競争政策/イノベーション/知的財産/産業組織といった分野は一番とのこと。競争政策の遅れた日本自身だけでなく、アジアも共同体としてEUの競争政策に学ぶことは多いと思うので、有意義な学びができそうな場所。



さて、明日からも気合いれていくぞ。

では。

2010年4月25日日曜日

ビル・ゲイツと貧困・教育 〜NPO業界に必要なこと〜




さて、先日ここにきたのは、ビル・ゲイツ。「カレッジ・ツアー」と題した講演ツアーをここでキックオフ。大学からの人材流入が圧倒的に不足している社会問題:グローバルヘルス、教育、の問題点と展望を語った。その後は、東海岸は、MIT・ハーバードに向かったよう。


抽選にはずれたので、自分は大学のサイトでみましたが(笑)
先日かいたYoutubeにも早速アップされたようなので、ぜひみてみてください。




概要としては、世界の公衆衛生と教育について、ポリオなどワクチンが劇的な効果をあげたこと、”Teach for America(TfA)”というアメリカの大学生が途上国で先生という実地経験をつみながら修士がとれる人気プログラムの話、をそれぞれひきあいに、投資銀行など金融業やエンターティメント業界に優秀な人材が流れすぎていると訴えていた。

この、公衆衛生と教育分野における人材の需給不均衡という問題に対し、抜本的な解決策の提案がなされていないのは残念だった。自身の公衆衛生にフォーカスするビル・メリンダ財団ではポジションの数は十分ある、一方でTfAのポジションを増やすことは、プログラムの背景上難しいと言及。


一番よいポイントだったのは、公衆衛生、教育双方に通じる課題である、非営利業界の人材の質と流動性についての指摘。
特に、アメリカではブームもさり定着した感がある社会事業について、モデリングの難しさ、具体的には、

  ・(ダブルないしトリプルボトムラインだけに)成功と失敗を定義しにくい
  ・(ゆえに)各組織のリーダーの評価がしにくい
  ・(その結果)人材のターンオーバーが活発でない

という点を指摘、改善のために客観的、統計的な評価基準の必要性を指摘した。


これは当たり前のようだが、かなり重要な点だと思う。なぜなら、構造的に民間と異なり株主が存在しないので、極端に言えば、NPO業界には、リーダーや組織への自動的なチェック機能が働かず、人為的に作る必要があるからだ。さらに、日本のコンテキストにおとせば、いくつか成功例(マザーハウス、かものはし、フローレンス、HRW、手前味噌ですがLIP、など)が出てきているものの、構造的なNPOセクターへの評価体制はアメリカよりさらに確立していない。

ここでのNPOセクターへの評価体制というのは、まずは官民学でもどこからでもよいのだが、日本では学からは比較的存在してるように思うので、民の例をとる。例えば、アメリカに存在するBridgespanというベイン・アンド・カンパニーからスピンアウトした、NPOをクライアントとする戦略コンサルティング会社。こういった存在は、NPOという組織のベストプラクティスをみいだし、NPOマネジメントの体系化を加速させる。日本でも、ベインの方々が若手を中心にこのNPOコンサルティングを近年始められたり、大学の先輩でもある入住さんがNPOのマネジメント支援の活動をされているが、米に比べてしまうととりあえず数が追いついていない、という状況だ。



帰国次第、LIPの皆さんをはじめ、様々なかたとあって日本の現状にキャッチアップすることからはじめたい。

---

-Bill & Melinda Gates Foundation
http://www.gatesfoundation.org/Pages/home.aspx

-Teach for America
http://www.teachforamerica.org/

-Bridgespan
http://www.bridgespan.org/

2010年4月23日金曜日

こっちの学生の実態とか

残すところ22日。


今日はDigital Marketの授業があったのだが、最近は法律の側面によることが多いので、知識不足で、あまり発言することができない。そもそも、経済ネタでもPhDの人が周りなので、自分の能力不足で発言のチャンスが少ないが。

この授業からの学びは多いが、一つは、”エコノミスト”がどう経済学のアイディアを使って、ものごとを分析するか。3人こっちのエコノミストを捕まえて議論させたら、これは、本当に今までみたことがなかったくらいのスピードで分析が行われる。競争政策だから、ってのもあるだろうが。はじめは圧倒された。前学期はディスカッション時の英語で苦しんだが、今学期は自分の頭の回転の遅さを痛感させられた。

スピードだけでなく、何分かごとに、使われるツールもコロコロ変わる。公共経済の社会便益分析、ゲーム理論のナッシュ均衡、ミクロの独占・寡占、これを瞬時に頭ん中で使えるツールにする、やっぱPhDの始めの文字通り”死にものぐるいの”2年をくぐりぬけてこそ身につくものだろう。さて、ゲーム理論を復習しないと。



あと、補足というか、こういうふうに日米の大学比較ばかり書いてると、こっちの大学を神話化してるように捉えられてしまうのが怖いので、一応補足をw

問題がある、とよくいうのは、教育”システム”であって、責任はもちろん自分を含めた学生自身にあるが、学生に問題のすべてが起因するといってるわけではない。その点では、良くテレビにでる偉い人や大学教授が、日本の大学生は勉強しない、と学生自身に責任を求めることがあるが、環境に起因することが大きいと思う。


学生個人個人でみると、やっぱそこはあまりかわらず、授業中Facebookでチャットしてる人はざらだし、イタリア人の客員教授だってディスカッション中少ししてた。



さて、そんなこんなで今週末は課題三昧の予感。


では。

2010年4月20日火曜日

経済成長なしの世界

残り25日。新しい一週間が始まる。今学期は、開発経済の授業はないので、自分でペーパーや記事にふれるようにしているが、1つ、以前から頭にひっかかっているテーマがある。開発経済を学ぶ友人ともよく議論する話。まだ掘り下げられていないのだが、早くシェアして、いろんな人とこの話題を話してみたいと思ったので、書いてみます。



■経済成長なしの世界

不況の日本では、GDP成長率◯%、前年比◯%減と数字がメディアに飛び交うが、回復したあと、10年後、20年後、50年後、どうなるのか、と思ったことはないでしょうか?

限られた天然資源、人口増加、国家間の格差・・・これらの問題をふまえ、”持続的な成長”をめざそうという考え方がある。これはまだ成長自体は放棄していない。放棄しない主張はよく、極端だが、昔にもどり文明社会を完全にすてることは不可能、という論調になることがおおい。

けれども、逆に、このまま未来に永遠に経済成長し続けることも不可能ともいえる。では、経済成長がないと、僕らの世界はどうなるのだろうか。



これは授業やテストが終わり次第、詰めたいと思ってるのですが、感覚的にみんなどう受けとめるのか凄く知りたいです。


では。

2010年4月16日金曜日

残り29日

さて、今日はもう一方のProbem Setを提出し、一段落。
授業的には木曜が山なので、リラックス。明日は天気も20度近くといいようなので、運動もがっつりしてこようかなと。


今日は、PhDの授業でロースクールのBenが、たまたま冷凍ギョーザ事件を例に、トレーサビリティなど日本の食料の安全を法的側面から取り上げていたのだが、

”オーガニック”という言葉が、統一された基準がないために、日本以上にマーケティング戦略となってしまっているアメリカでは、

「モスバーガーというファストフードの店が、その日ハンバーガーに使ってる食材の産地と生産者の名前を表示しているが、めずらしくはない」

という話をすると驚かれる。


事件後の需要の変化を一つとっても、日本の消費者は、商品に対してほんとうに厳しいな、と思う。金融危機の影響も考慮しなくてはならないが、中国からの食料品輸入額は2009年に6400億円、2007年に9200億円(http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/0298.html)と、未だに事件以前の水準には至っていない。


では。

2010年4月15日木曜日

「国際化が必要なのはリーダーだけでなく、社会全体」

学期終了まで残り30日。今日は、Problem Setを一個提出し、一週間も中盤。残りも気をひきしめていこう。

小林久志さんという、元プリンストン大の工学部長も努められた方のの東大大学院入学式での日本のリーダーの国際化の必要性を説いたスピーチ(http://hp.hisashikobayashi.com/)に対する感想を。


■国際化が必要なのはリーダーだけでなく、社会全体
小林さんは、日本の失われた20年、先進国中最低GDP成長率という現状と、情報産業の未発達の理由を 

 ・日本のリーダーとその周囲の力量不足

特に

 ・国際競争力を担保する知識、洞察力、英語能力の欠如
 ・国際的な活躍経験、人脈の欠如

と指摘し、日本の大学の国際化の遅れ、特に海外の研究者に対する吸引力の低さに、一部の責任をみいだす。そして、入学式というセッティングのせいも多少あるだろうが、提案として、未来の日本のリーダーである、修士の生徒に(実社会にでる、研究職どちらでも)

 ・PhDないし研究生活をアメリカの大学で送ること
 ・(そうでなくても)英語で教養、専門ともに英語で不自由なくコミュニケートする能力 

の必要性を訴えた。ここまでは、100%同意。入学式という性格上、言及されない要因や提案もあるのも承知。それでも自分のなかで付け加えたい、と思ったのは、

 ・リーダーとその周囲だけが国際化しても、まわりがついていかない

ということだ。失われた20年といえども、成熟社会にはかわりなく、言語と文化のバリアーに社会や市場が守られている現状では、ふつうに暮らしていくなかでは、国際化する必要も感じないだろうし、そのモチベーションもみつからないだろう。もちろん、現実にはそのバリアーが徐々に壊れてきてるからこそ、多くの人が危機感を持ち始めている。そのような世界観で暮らしていると、おそらく、
  
 ・国際化したリーダーとその周囲に共感ができない

と思う。これでは、いくらリーダーが日本を奮いおこそうと頑張っても、一人相撲でしかない。もちろん、奮い起こすために、

 ・真のリーダーは、社会全体の国際化が必要なことも理解

し、とりくむ。現に取り組んでいる方もいるだろう。けれど、圧倒的に数と力が足りてないと思う。この状況が続くと、言語と文化のバリアーの自然崩壊まで、おそらく社会は動かない。


おそらく、このシナリオが可能性としてあるから、最近自分のまわりで、「日本は落ちるとこまで落ちないとどうにもならない」という声をちらほら聞くのだろう。けれど、自分としては、そうは思わない。そもそも、落ちるとこまで落ちるのに何年かかるのだろうか。そこまで日本はヤワじゃない。

そんな風に思うのは、「変えられない」、「自分達の世代にも変えられない」という前提をおいてるから。一方で、そういう前提をつくりたくなる気持ちも自分にも少なからずある。飛び込んでくるニュースはひどいもののほうが多い。それでも、「自分たちの世代で変えられる」っていう前提をおいて行動することが、責任のとりかただと思う。


では。








2010年4月14日水曜日

学期終了まで残り31日





31




気がつけば、残すところ1ヶ月。そのあとも他の件で残るとは思うけど。ということでせっかくなんで毎日かいてみようかと。



■「宿題の難しさ>定期試験」
今日は、勉強的には行動経済学と公共経済学のProblem Set(宿題よりかは重たく、お持ち帰り小テストみたいなもの)を解くのがメイン。
こっちの面白い点は、とくにBotond(http://elsa.berkeley.edu/~botond/)の行動経済学では、ProblemSetの成績のウェイトが、総成績の40%。さらに、中間・期末の3倍以上は難しい。生徒を授業にコミットさせる(or学習効果をあげる)には全く正しい方針ですが、もちろん、生徒はいやがる。

まだまだ定期試験の時間制限に弱い自分としては、助けられてるのだが・・・。助けがいらないようにさっさとなるぞ、と。


■夜は、前学期住んでいた、I-House(国際留学生の寮)に食事、その後クラスメイトと宿題。
ここも、交換留学のいいところであるけれど、すっかり慣れてしまったが、スウェーデン、中国、アメリカ、ブラジル、世界中の友達と囲む食卓。自然と各国の政治、文化、経済の話に花が咲く、、、んー日本戻ったら恋しくなるだろうなぁ。今は日本の食卓が恋しいんだけど。


■「民間とアカデミアの流動性の高さ」
アメリカ系中国人の友達で、イエール大数学学士→トーマツで2−3年勤務→バークレーエンジニア学士、というというやつがいるんだけど、今の学士を1年目でとめて、NYCで1年働いてくる決断をしたと今日話してくれた。

学士、マスター、ドクター、とアカデミアに区切りがついた人材の民間との流動性も大事だけど、各プロセスの途中における流動性もかなり大事のように思う。というのも、メリット:
  1)スピルオーバー
  2)民間のスピード感が個人単位でアカデミアへ伝搬
など、特に2)は大事かと。

こっちの勉強出来る人って、「いつでも民間ではやってけるぜ!」っていうタフな人ばかりだから。日本はいいところはささっと直して、その先で勝負すべき。


さて、明日は教授と朝一でミーティング。では。

2010年3月22日月曜日

デモ行進



ちょっと遅くなりましたが、3月4日に決行された、大規模なデモ行進について。以前ブログにもかいたように、これは、直接的には授業料32%アップ、公教育の重要性、また背景にある州政治に対する抗議。

最もリベラルなバークレーから学生、教員(今回はあまりいなかった)、住民、が集結し、隣町のオークランドまで、途中、他の州立の学校のデモと合流し、行進していく。(学生によるテレビ放映

32%の授業料値上げででどれだけの人が高等教育を受ける機会を失うかを想像して欲しい。

あつまる、人、人、人。

老若男女、抗議する。このおじいちゃんも、バークレーの卒業生だそう。



−−−
決して、みな、ただ歩いてるだけではなく、この抗議以前から、生徒委員会を中心に、生徒側で提案する既存のUCシステムへの代替案があり、連邦政府からの資金供給増加がある。

この公教育の危機に対するオバマの準備している対応は、悪い状態にある公立の学校への約4300億円の追加資金。

この金額は、ウォールストリートの救済に使った70兆円の、170分の1。公共政策大学院の教授、元米国労働長官ボブ・ライシュの言葉をかりれば、

   「優先順位をかえるべきだ。私たちの学校は人的資本のエンジンであり、公教育をウォールストリートを救ったように救済しなければ、より大きな経済のアルマゲドンが数年後に訪れることになる」



この言葉、日本人の自分にはとても痛い。
相対的かつ絶対的な教育水準の低下、教育の機会の平等、高等教育の役割の停滞、といった日本の教育の現状を考えると。



ではでは

2010年3月8日月曜日

春がきた



いよいよ、待ちにまっていた春がきた。
ここ最近は15度くらいあり、何も言うことがない。



春の風にふかれ、ふと、振り返る。


あたりまえだが、
変わるものは変わるし、変わらないものは変わらない。

以前に予想してた変化は意外とちっぽけで、日常で感じる小さな発見が積み重なって、ふりかえると大きな変化だったりする。

さらにいえば、変化自体は東京にいてもおこるわけで、むしろ意味があると思ったのは、


  何をもち続けたいか、
  何を変えたいか、
  何をもち続けられるか、
  何を変えうるか、


ここらへんをクリアにするための視点や判断軸を、この7ヶ月はあらゆる面で強く育ててくれたように思う。
20年、日本で育ってきた自分としては、十分に大きい。
また、なぜか確信をもっていえるのが、今ここで感じてることは10年、20年先も、強く残り、先の行動の原動力になってるだろう、ということ。

それが今の率直な感想。


迷いも戸惑いもあるが、進むしかない。
立ち止まることは相対的な後退。
でもあくまでも自然体でいきたい。


残り3ヶ月をきった。
やはり時がたつのははやい。
夜のバークレーは静かで余計に考え事がすすむ。

今週は春休み前の山場なので心してかかろう。

2010年2月22日月曜日

キャンパス立てこもりと刑務所民営化



このキャンパス立てこもりのビデオは、先学期の11月に、次学期から学部生の授業料が32%アップすることを受けて学生が行ったでデモ。Wheeler Hallという僕もよく授業にいく建物を完全に占拠、授業はキャンセル、逮捕者もでた。

これだけでも大事件だった。というのも、バークレーは全米の1960年代のフリースピーチ運動の発祥の地で、大学の校風としてはthe most liberal of the liberalなのだが、それ以来はこの規模での運動が行われることはなかった。そう考えると、すごいタイミングできてしまったなーと感じる。今でも、教育関連の修正法案が議会で提出されるタイミングなどで、頻繁にデモが行われている。


この背景にあるのは、州の予算不足なのだが、不足だけでなく、配分の問題も大きい。


右の数字をみると、教育と刑務所の予算配分がいかに反転したか、ということがわかる。移民が歴史的に多かったカリフォルニア州にとって、パブリックエデュケーションは他の州に比べ最もお金と力を注いできた分野で、バークレーの所属するUC (University of California) だけでなく、CSU (The California State University)など、いわば”売り”だった。


州知事のシュワちゃんは
  “What does it say about any state that focuses more on prison uniforms than on caps and gowns?" "It simply is not healthy.”
とのべ、「刑務所を民営化し、メキシコにお金を払い施設を建て、そこに犯罪者を収容する」提案をしている。


刑務所民営化、日本の感覚からすると大胆なように思えるが、実はすでにここでは、州外に建てられた施設で行われており、
民営化賛成派の上げるメリットとしては
  ・コスト削減
  ・収容能力拡大のスピード

反対派の根拠としては
 ・クオリティコントロールが行き届かない
 ・ゆえに再犯がふえ、治安悪化可能性

があげられているが、刑務所ないのクオリティを
 ・収容者同士の暴力
 ・収容者対看守の暴力

メイン2つでみると、民営化された刑務所は、州・連邦の刑務所施設に比べ、これらをより多く防げている。さらに刑務所内での教育プログラムなど他のクオリティも優っているという研究がでている。しかし、一方で、民営化された刑務所同士で比べると、クオリティの向上したものと、一部低下したものの差が激しいという事実があるので、官民間の契約によってなぜその差が生まれるのかの究明が課題。


--

思ったのは、

民営化の議論は、”どこまで民営化/外注するか”というスコープ(範囲)の議論に帰結すると。例えば、どんな種類の刑務所でも、食堂、清掃関連は専門のサービス会社が入るだろう。
極論、経済的側面だけをみて、倫理・法的側面を除けば、官民の契約と競争が機能しクオリティコントロールが効く限り、すべて外に出せる

民営化を広くとり、外注も含めれば、国公立の大学・私立、ともに客員教授が増えているのも、この理由でしょう。
日本が軍事をアメリカにまかせているのも、日米安保という”契約”の下での、外注だろう。



ではでは



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<Notes>
Anna Lukemeyer and Richard C. McCorkle, Privatization of Prisons: Impact on Prison Conditions, The American Review of Public Administration 2006; 36; 189

The Economist, Jailhouse blues, http://www.economist.com/world/united-states/displaystory.cfm?story_id=15500687

OLIVER HART ANDREI SHLEIFER ROBERT W. VISHNY, THE PROPER SCOPE OF GOVERNMENT: THEORY AND AN APPLICATION TO PRISONS*, The Quarterly Journal of Economics, November 1997

2010年2月20日土曜日

アフリカが豊かになるには               ~ポール・コリアー講演~

遅くなってしまいましたが、先日参加したポールコリアーの講演についてのレポートを。


著書の中でも彼が述べているように、
BOPのうち最貧の10億人の多くはアフリカ諸国に住んでおり、
経済発展が未だに進まない理由の一つとして、「資源の罠」があげられている。

天然資源の罠とは、強い天然資源への依存が、他の経済活動を停滞させ、さらにバッド・ガバナンスとクーデターを招きうる、というもの。講演では、そのような厳しいアフリカの現実を踏まえつつ、ハイチからの学びをまじえながら、前向きなメッセージが語られた。






内容は、経済発展の促進策として、ハードの「メガシティ」と、それを支えるソフトとしての「ルール」の2つについて。


1)メガシティの有効性

メリットとしてあげられたのは、

・生産性の向上

空間的に組織を拡大するだけで、生産性が4%ー8%上がるという。ここで、なぜ一般的な大都市でなく「メガシティ」か、の理由は以下。
アフリカは現在、国際貿易の進展により垂直統合の解体が進み、垂直統合、特に空間的クラスターの形成により享受できるメリットを受け取れないでいる。なぜなら、解体が進むと、製造業であれば、製造工程の一部分に守備範囲が限定され、労働力には少ないスキル・ノウハウしか蓄積されない。ならば、産業技術の集積やスピルオーバー、といったメリットを得るために、メガシティによって、垂直統合解体から垂直統合形成をねらう、というのがコリアーのメッセージ。その他にも、メガシティは規模の経済の恩恵も大きいとのこと。

このクラスターの競争優位を印象付けるのが、世界の2/3のボタンは一箇所で作られている、またインドには2000万都市が2つ存在するが、アフリカには1000万都市すら存在しない、ということ。



2)ルールの重要性

彼のハイチへの言及は以下に整理される。

・災害前

自然災害としての地震でなく、人災としてとらえたとき、耐震基準、さらにはその裏にある倫理的基準の崩壊が根底にあり、倫理的基準というルールを変えることが必要とのこと。

・災害後

目新しくないが、復興の現場で、固定電話でなく、携帯電話などモバイルデバイスが活躍している、ということ。

社会インフラとしての電話を考えたとき、固定電話はガス・水道と同様、強いガバナンスを必要とするのに対し、アフリカをはじめ途上国で一般的なプリペイド式携帯電話は、契約を必要としない自由なビジネスモデルであり、その分ガバナンスをあまり必要としない。言い換えれば、携帯電話は組織の腐敗からもっとも遠いデバイスとのこと。ここでも、”プリペイド”というルール一つがいかに社会の利益を変えるかがみてとれる。もちろん、エチオピアのM-PESAのようなモバイルバンキングについては、その自由さと民間ならではの急速な成長の反面、消費者保護など、公の組織の力が不可欠な側面がでてくるのは事実。

このような自由度の高くかつ公益につながる”ルール”が、途上国の経済発展に欠かせないということができる。



3)実際、どうメガシティをつくるのか?

これは、質問したところ。

・コリアーの意見

アフリカでは、紛争後、選挙制度など政治システムの整備を第一にすると、結局は腐敗・汚職を招くため、順番を変えて、経済開発を第一にもってくる必要がある、ということだ。

・疑問

しかし、この講演の中で語られた、経済開発としてメガシティを目指す、ということは、都市開発に必要な行政的・政治的なパワーをメガシティをつくる以前に確保しておく必要があることを意味する。”メガ”なら尚更である。

こう考えてみると、そのようなパワーを官に確保しておく、ということは、結局政治・行政システムを優先することと同義であり、話がもとに戻ってしまう。


・コリアーの答え

この矛盾に対する解決策のうち一つは、Paul Romerの”チャーター・シティ”。

”チャーター・シティ”の特徴は、複数の国と投資家がパートナーシップを結ぶことで、国の役割を限りなく軽減し、市場経済に基づいた都市開発を行う点にある。投資家とパートナーシップを結び、権限委譲することで、彼らの長期のコミットメントを担保し、社会インフラなど都市開発への投資を市場に行わせる、というもの。このパートナーシップと権限委譲が、政治・行政システムを優先させる必要なく、経済開発を第一とすることを可能にするという。

また、なるべく人があまり住んでない土地につくるのが良く、なぜなら、”チャーター・シティ”の住民は、そこの住人になることを所与もしくは強制されるのでなく、自ら選択しなければならない。


成功例としてローマーがあげるのは、香港。香港は、事実上、”チャーター・シティ”の構造をもつモデルであり、イギリス・中国・投資家のパートナーシップの下で、それ以前の”ルール”を”自由で公益につながるルール”に変えるによって実現したという。その後中国はこの”チャーター・シティ”のモデルを経済特区などの形を使い、中国の他地域にスケールアウトしていったと彼は捉え直す。


ここで”ルール”として挙げられるのが、土地関連の制度。例えば、先進国ではごく一般的な、住民の所有権で、前者は住民が土地を登録し所有権をもつことで、担保にして金融サービスへのアクセスをえて、ビジネスを活性化させうる。一方、国も、地価の上昇から利益を得られるようにし、その利益を投資家誘致のため、さらに都市の価値を上げることにつとめる。



ーーー


こうまとめ直してみると、非常にばっくりとした解決策だ。”チャーター・シティ”のアイディア自体ができたばかりなせいもあるだろう。しかし、現在の途上国の都市問題の多くは、適切な住環境の供給・キャパ不足に起因し、背景には慢性的な政府の予算不足と行政の不機能があることを考えると、チャーター・シティの”都市開発の自由化”という方向性は正しいと思う。


また、コリアーはアフリカ開発研究の第一人者なのを考えると、誰よりも厳しい現状を知り、目をつぶりたくなったこともあるはず。それでも、前向きに問題に立ち向かう姿は、ただただ見習いたい、と思う。


自分も、どんなに目前の問題が複雑でお手上げでも、前向きに立ち向かおう、と改めて決意。


あと、コリアーさんは身内からのスピーチの評価がいつもよくないことを自虐ネタにする、とても愉快な人でした。


留学生活も100日を切ったので、悔いのないよう、ひきつづき頑張ります。

長くなりましたが、ではでは。

2010年2月1日月曜日

ニューバイク

こんばんは。
今週もあっという間に一週間がすぎて、留学も残すところ18週間。大事に大胆に時間を使っていきたいところです。




昨日、かねがね狙っていた新しいバイクを手にいれましたー。
もともと、前学期に手に入れようと思ってたのだが、中古で探していたので、納得行くのがなかなかなかったのと、松葉杖のうんちゃらがあったので、結局友達のをかりて通してました。

チャリがいかにここで必需品かというと、、端から端まで歩くと20分+アップダウンがあるので、真逆に連続した授業の教室があると、アンオフィシャルな休み時間が10分あるものの、けっこう歩きはきついです。松葉杖だと結構ひどいことになりますw

あとは、みなの必需品だけに、盗難もそれだけ多く、Uロックをしていても、時には取れる部分をすべてとられ、


のような状態になってるのをよくみかけます。



キャンパス内でもまだ授業の間では試してないので、明日が楽しみです。
日本は雪のようで、交通は不便なのは大変だとは思いますが、雪も久しくみていないのでちょっと羨ましいです。
雪景色に温泉とか今すぐ入れたら最高だろうなー。


ではまた!

2010年1月24日日曜日

履修決定

ようやく、決まりましたので報告を。
語学もとり5授業で望もうかと当初考えていたのだけれど、語学はここで学ぶのは少し非効率的なのと、特に付加価値もでてこないので、断念。よって履修は以下の4授業です。

今学期全体のテーマは、”こうあるべき”という具体的な政策のビジョンを持つようになること。あるべき論はビジネス、消費者、政府、社会全体、など立場によって、またタイムフレームで評価が大いに変わるので、一義的ではありませんが、それでもポジションを設定しビジョンを定めたい。

できるだけ授業内容についても書いていきたいと思うので、よろしくお願いします。


1. ECON131 Public Economics

・内容
公共政策の影響について、環境問題など外部性の問題、公共財のプライシングと供給量、保険、課税と富の再分配を学ぶ。金融危機後、政府の役割がとわれ続けているなかで、健康保険改革や財政支出、税制改革など、幅広くみることを通し、あるべき政策のビジョンをみつけたい。

と、同時に、個人的に日本の政策を、日本の論点2010などを通しキャッチアップしつつ、日米の比較をし、共通点・相違点を探っていきたい。ほか3授業が狭く深くな内容なので、それらをつなぐ土台になると思っています。

Emmanuel Saez教授


2. ECON119 Psychology and Economics(Behavioral Economics)

行動経済学の授業。武山ゼミで消費者行動を勉強したことや、繰り返されるバブルなどをみてきて、経済学がおく仮定に少なからず疑問、、を感じてきたので履修することに。人は本当に合理的かつ効用最大化をめざし動くのか、について。例えば、人が意思決定する際、現在と未来の2地点間で、正確に未来の効用を捉えることができるのかなど。

この分野は学部向けにオファーされていることが少ないと聞くので、機会に感謝しつつ、パラダイムの変化を考えることができる点で、非常に楽しみ。

Botond Koszegi教授


3. PH126 Health Economics and Public Policy

・内容
公共政策を、ヘルスケア市場に絞ってみていく。Medicare/Medicaidなど各種保険、介護サービス、製薬業界、医療業界労働者、医療教育など包括的に学ぶ。アメリカでは、非保険加入者が15%という異常な数字で、さらに、52%は雇用主による保険なので、失業者がふえ今はより多くなっており、オバマの医療保険改革は常に新聞で扱われているので関心をもった。
また、前学期、医薬品業界の特許問題、また開発の世界で、製薬業界のリソースの望ましくない配分、例えばHIVなど途上国に蔓延する病気より、先進国の成人病やダイエット関連に使われている問題、にとりくんできたので、この授業を通し、経済学の視点のもとで統合させたい。

・形式
公衆衛生、経済、プリメド(医学部に行く予定の人)など、複数のバックグラウンドの生徒が履修。各種テストの他に、政策分析とポリシーペーパーに重点がおかれる。ここでも、日本の政策との比較を+αで行い、よりよい医療保険の政策をさぐりたい。

Richard Scheffler教授
http://gspp.berkeley.edu/academics/faculty/scheffler.html


4. ECON296/PP290/LAW276.45 DIgital Markets

・内容
インターネット以後の経済が、以前の経済と比べてどのように異なるかをみる。特にGoogleやebay、アマゾンなどの企業が用いるオンライン戦略、例えば価格差別、リコメンドシステム、またまつわる著作権の問題を、社会全体にとってプラスなのか、どう政府は対応すべきかという視点でみていく。人に聞いた話だが、シリコンバレーに近い強みは知的財産権などここらへんの政策・法律の論議にあるそうなので、インプットを授業のタスク外にも最大限ふやして気合をいれたい。また研究事例が他分野と比べて少ない分野なので、それだけやりがいがあるり、卒論につなげたい。

・形式
大学院の授業で、経済、公共政策、ローの3学科が合同でオファーしていて、それだけに学生のバックグラウンドも様々。人数は10人ほどの小規模クラスで、エコノミスト、公共政策大学院生、ロースクール生の順で多い。

Suzanne Scotchmer教授

2010年1月20日水曜日

そう甘くはない

つらつらと授業内での目標を書いてきたなか、読んでくれた人がいると思うので、秋学期の成績を下に報告したいと思います。


一部分感情的に納得できない部分はありますが、客観的にみれば順相応の結果だと思っています。


でも、やはりBが悔しいことには変わりはありません。
初学期の語学のハンデは言い訳にしたくないので、今学期はもっと頑張りたいと思います。



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ECON173:A-
開発経済学のゼミのクラス、先生はPranab Bardhan教授で、開発経済に関するトピックを網羅、プレゼンから思いペーパーまでオンパレード。一番力と時間を入れた授業であり、単純に嬉しい結果。

EEP152:B
開発ミクロ経済の授業。数理モデルを使って、1家計内の意思決定、例えば、途上国で無償の教育プログラムが実施されたときに生む子供の人数にどう影響を及ぼすか、などを実証研究を題材にみていく。題材は教育、クレジット市場、健康、労働市場、など幅広く。
中間テストはA〜A+だったので、期末が悪かった。問題を解くスピードが原因。

IAS115:B
GlobalPovertyの授業、とにかく他分野から、開発の世界でなされる論議や思想、潮流を大量のリーディングで見ていく授業で、正直学期末に近づくに従い、他のクラスに圧迫されて当初より時間がさけなくなっていたことが敗因。

PP101:B
公共政策分析の授業。先生はMIcheal O'Hare教授で、プロフェッショナルスクールの授業だけあって、クラスへのコミット、ディスカッションからリーディング、プレゼン、政策提言ペーパーとオンパレード。ECON173と同じくらい力を入れたけれど、語学的にも当初最も苦労した授業だった。各課題の結果からして全く純相応な結果。ただし、一番気づきや発見が多かった授業で、本当にGSIにはお世話になりました。
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2010年1月16日土曜日

終りの始まり

明けましておめでとうございます。
挨拶大分遅れましたが、今年もどうぞよろしくお願いします!


メキシコ・バハでの楽園のような日々から戻り、22歳を迎え、早くも4日が過ぎ、一部授業も始まりました。折り返し地点もすぎ、いよいよ、という感じです。バークレーもたった1学期過ごしただけなのですが、帰ってきたときは家のように感じました。


公共政策大学院×ロースクールのコラボ授業、PP290のイントロに顔をだしてきました。
まわりは公共政策、ロー、経済PhDなど、あと一人EUの客員エコノミストと初回来てたメンバーだけでも多様かつチャレンジングな挑戦になると確信しました。ちょっとした武者震いも。履修許可ももらえ、卒論にも最適とSuzanne Scotchmer教授に後押しもしてもらえたので、かなり楽しみです。

帰国後のゼミでのプロジェクトにも何らかの形で繋げたいと思います。
ゼミの同期がここ半年、活躍している姿には良い刺激を受けてきたので、自分もゼミに戻り同じような、また先生には留学関連でも人一倍お世話になっているので、それ以上に貢献したいと思います。

頭も心も体もぶっとぶつもりです(もちろんいい意味で)。頑張るぜ。



今日は家庭菜園計画をキックオフ。というのも、最近住み始めたこのCO-OPは2階はベジタリアン・ベーガンがテーマなので。多分俺らのフロアからは地ビール計画始動予定です。


あとは最近気づいたのは、今までより音楽に強い感情の変化を受けるようになった気がします。
今パーティーのセットリストを作ってるけど、やっぱYMOは良曲多いかつ最新のエレクトロともよく合うな、とつくづく。Hot Chip - One Pure ThoughtYMO - I-shin Den-shinの流れなんかなかなかぐっとくるものがある。


明日は朝からジム行ってきます。まだ走りは筋をリハビリ中なのでそんなにはできないのですが。
ではまた!

2009年12月30日水曜日

2009年総括

空港で書いた今年の総括と来年の抱負を。


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今シアトル・タコマ空港で、サンフランへのフライトを待っています。まだ29日なので、そのつもりはなかったのですが、今年を振り返ったので、ここに書いておきます。


空港は公共スペースのなかでも好きな場所の一つ。考え事に最適な気がする。空港では、国籍・人種を超えて無数の人が一瞬にして通り過ぎ、その数だけ人生が交差し、一人の人間の非力さと現代社会のスピードの恐ろしさを同時に感じることができる。

ちょうど今、他大に留学中の友人とシアトル・バンクーバーに行き、帰って来たばかりで、非常にいろんなことを考えさせられる機会になった。

下らない話、勉強、進路、将来、あらゆる話をしたけど、まず自分が今どういう状況なのかより理解が深まったと思う。この時期に済んでいるはずの決断はおろか、頭の整理もあまり進んでいないことに対する危機感をより強く感じた。けれど、今自分に必要なのは、迷うことを肯定的に受け入れること。

タイムフレームに押され、迷うことに否定的な姿勢をとると、判断がごく近視眼的になってしまう。たとえ一度長期的なヴィジョンに基づいて選択肢を準備しても、半年で自分や自分を囲む環境が大きく変わりうることを考えると、その状態はベストな判断をするにあたり非常に危険。

弊害として、いただいている良いお話にも、120%向き合あうことができていない。また、日ごろお世話になっている人に相談に乗ってもらっていても、自分の整理の不十分さで十分に責任のある姿勢で望めていないことに気づき反省。

ここ半年で何が変わったか、というと、中身自体が変わったのではなく、もっていた危機感と思いが予想異常に強くなった。よく留学は人をナショナリストににすると言うけれど、日本への客観視により得る示唆は多く、予想異常に自分に対し強いインパクトがあった。特に日中米間の示唆が多い。

こう通して自分のことを振り返ってみて気づくのは、自分の精神的な未熟さ。同じような環境にいても、もっと前向きに向かい、本当の意味で周囲の状況を心配する余裕を保てる人間がいる。特にこの旅行は短時間だったけど、すごく長かったように感じる。友人に感謝。


最後に。2009年に一寸の悔いはない。2010年は、留学後半戦/進路/帰国後の活動の結果は最低限、何よりも精神的に成長したい。

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P.S. ヴァージン航空を初めて使ったけど、航空事業単体の会社と比べ、航空事業をポートフォリオの一部として運営することがいかにサービスに違いを生むかに驚いた。CA然り、車内販売然り、無料WiFiサービス然り。

As for the trip per se, I wanna definitely come back to Washington for Sasquatch Music Festival 2010, which takes place at The Gorge Amphitheatre having sci-fi scenery with great lineups.

2009年12月19日土曜日

秋学期をふりかえって

やっと、という感じと、あっという間、という感じが良い意味で入り交じっています。
いつの間に最後の投稿から1ヶ月以上もたっていました。その間、人生初の松葉杖にパソコンの盗難、アクシデントもいろいろありました。



留学生にまつわる純粋な語学的問題はさておき、
ふりかえってまだまだだな、というのは、追い込みや他のことで塞がってる際、あまり時間がかけられない際の英語でのパフォーマンスにおけるスピード感や深さが、日本語でのそれにまだまだ及ばない状態です。特にパフォーマンスにむらがあるのが個人的には課題です、おそらく正しいlearning curveで進んでる証拠だと思います。

言語に関わらず、時間をかければ大抵人間何でもできるわけで、障害や時間の制約下で成果を最大化できるかが大事なことを再確認。


今学期は、通常のクラスを4コマ、とっていたのですが、よくよく聞いてみると、普通Calでの初めての学期では、3コマがふつうで、4コマとるのは慣れてから、もしくは慣れてあともすぐは3+”De Cal"(Democratic Education at Cal)という話。De Calは、生徒が計画した特別授業のようなもので非常にバークレーらしいプログラム。授業担当者は計画者中心+ゲスト教授、P/NP評価、単位数も1or2。ただその通常を知っていても今学期は撮りたい内容がなかったので、どちらにしろなかった選択肢です。

とはいえ、4年生にもなると4コマの人は周りにいるので、ショック療法的な意味では(療法ではないですが)、1年という限られた時間の中で、春学期を思いっきりやるためのよい土台作りになったと思います。


具体的な今学期の成果という点でいえば、初めの2ヶ月間以内に受けたmidは、平均・平均ちょい上くらいが多く、以前の投稿にもかいたような不服な結果でした。そのあとに受けたmidやプレゼンなどでは、A+/Aーの評価をもらえたので、これも恐らく正しいLerning Curveの証拠。特にGoldman School of Public Policy の公共政策分析のクラスで、クラス中に高評価してもらえたことが嬉しかった。リハをする時間もあまりなく、また内容も開発経済から離れ、米国の特許問題と製薬会社に関する提案だったので、なおさらです。

教科書と紙とペンの授業は、単なる自分との戦いですが(情報戦の側面も少しはある)、プロフェッショナルスクールらしい徹底したPeer Evaluationは、組織に対する個人の能力が問われます。その状況で、良い結果をもてたのはいい自信になりました。一回で終わらないようにもっと磨きをかけます。

Finalに関しては、まだなんとも言えませんが、やはりスピードに起因する失敗が多いという印象。でもずば抜けてできたという感覚がないので、恐らくBとAの中間くらいに落ち着くのではと思います。



こんな感じですね。ボストントリップも良い結果を残せたし、課題は山のようにありますが、今学期に悔いなし。冬休みは、ほぼ確定の来学期の授業の予習をして先手先手で備えます。ロンドンで修士をとってる友人も冬休みも論文で頭がハゲそうなくらいやってるようなので、負けてられませんね。

昨日、Hepatitisのワクチンを睡眠不足のままを打ったら、ひどい頭痛にみまわれました(笑)あまりおすすめできない組み合わせです。
今日はCO-OPへの引越しへ向けて、大掃除、年末年始の旅行のプランニング、いいのがあればSFのクラブでも行こうかと思います。

2009年10月28日水曜日

勝つ

こんなにも大胆なタイトルを日記につける自分がいることに非常に驚いている。
そのような自分の現状からは確かに発見と学びがある。改めてこの環境を与えてくれたひとに心から感謝。

中間試験や生徒間の評価結果が返却され始める。
正直この結果には満足できない。全員に勝たなければ生き抜いていても意味がない。*
残りの秋学期はクラス全員に勝つ。5つのハンデ克服に向けた目標設定を再検討して。


*このケースにおいて。物事すべてにおいて勝利以外が無意味と思っているわけではありません。念のため。